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雪の旅人  作者: 和島
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中章

 二度目の冬です。

 旅人の姿は去年のままでした。灰色のマントにくたびれた長靴。

 少女はというと、背がすこし伸びていました。


「一年ぶりだね。僕のこと覚えているかな。元気だったかい?」


 気さくに声を掛けた旅人に、少女は口を結んだまま頷きます。

 それから慌てて二階へ上がると、スケッチブックを抱えて戻ってきました。


「これ、あげる」


 描かれていたのは、旅人と犬とが隣り合って座る絵でした。

 

「絵に描けば、ずっと一緒だから」


 旅人はしばらく声を出せず、顔をふせてしまいます。

 その様子に、少女は不安になりました。


「うれしく、ない?」


 少女の問いに、旅人は頭を振ります。


「うれしいよ。本当に。ただ、ただね、出来ればこの絵に君がいたらもっと楽

しそうだなって思うよ」


 少女は目を丸めてから、ほのかに頬を染めました。


 三度目の冬です。

 旅人の姿は相変わらずでした。

 少女はというとまた背が伸び、顔つきも落ち着いてきました。


「約束していた絵だよ」


 少女が旅人に絵を渡しました。

 少女と旅人と犬が草原の中で遊んでいます。


「大切にするよ。ずっと、ずっと」


 旅人は眩しそうに絵を見つめていました。

 そんな旅人を、少女もお日さまを見るように眺めています。


 四度目の冬です。

 旅人の姿は出会った頃のままです。

 少女は村一番と言われるほど、美くなっていました。

 村では年に一度やってくる旅人の噂が、ひそやかに流れています。

 決まって雪が降っている頃にやってきて、止むと帰ってしまう。

 それに毎年同じ格好で、若々しいまま。

 ひょっとしたら雪の精霊が少女に惚れて、人に化けて会いにきているんじゃないか。

 気をつけないと、さらわれるぞ。

 などと、ささやく村人もいます。

 少女は否定します。 

 旅人のことを教えてあげました。

 山の向こうに用事があること。

 一年経たないと、ここには戻って来られないこと。

 少女と同じで大切な犬を亡くしてしまったこと。

 少女に優しくしてくれること。

 よく笑ってくれること。

 両親の作った食事をとても美味しそうに食べてくれること。

 しかし、村人たちの噂はおさまりませんでした。

 一年ぶりに旅人と再会したとき、少女は訊かずにはいられなくなります。


「どうして、冬に山を越えるの? 何をしに行くの?」


 旅人は微笑みながら少しの間、口を閉ざしてしまいました。

 待っている間、少女は噂が頭によぎり、そわそわします。


「弔いなんだ」


 旅人は重たそうに呟くと、途切れ途切れに語り出します。


「五年前の冬に、大切な人を亡くしてしまって。花をね。手向けに行っている

んだよ。君と一緒だね。だからかな、ほっておけなかった。違うかな。慰め

あいたかったのかな。情けない、よね」


 旅人は微笑を浮かべていますが、声は切なく聞こえました。

 少女は軽はずみな質問だったと後悔します。

 そして、村で飛び交う噂を信じないと誓いました。


 五度目の冬です。

 少女は冬が待ち遠しくなっていました。

 空を眺めては、雪が降らないかと祈ります。

 雪が降り出すと、外に飛び出しました。

 少女の宿屋からは村の入り口までよく見渡せたのです。

 頭に雪が積もってきても、少女は待っていました。

 そんな日々が過ぎ、とうとう春になってしまいます。

 そう。

 旅人は、現われませんでした。

 少女は庭に花が咲いて、木にみずみずしい緑が戻っても心は曇っていました。

 透き通るほど綺麗な青空を、今にも泣き出しそうに見上げています。

 夏虫の鳴声に耳を傾けながら、少女は考えました。

 余計なことを訊いてしまったから。

 変な噂が耳に入ってしまったのかも。

 ほんのわずかでも疑ってしまったから。

 それとも、不運な目に遭ってやしないか。

 旅人のことを考えると、こんなにも胸がつまって苦しい。

 カンカンと照らす太陽の下で、少女は声を上げて泣きました。

 村に乾いた風が吹き抜け、枯れ葉が舞い散ちる頃。

 絡まっていた少女の心にも、秋の風がそよそよと通ります。

 もうすぐ六度目の冬です。


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