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雪の旅人  作者: 和島
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前章

 神様は気まぐれなんだって人は言ってる。

 大雨が降ったり、強い風が吹いたりするのはどうやら神様のせいらしい。

 毎日毎日お祈りをしたって、叶えてくれるとは限らないそうです。

 だけど時々奇跡を起こしてくれるから、願わずにはいられないんだって。


 ◆◇◆◇◆◇


 大きな山のふもとに、小さな村がありました。

 山を越える旅人が、よくおとずれるので宿屋がいくつかあります。

 季節は冬をむかえ、旅人の数はめっきり減っていました。

 雪がさらさらと降り出してきて、村は息をひそめるように春を待つしかあり

ません。

 そんなしんとした村に、季節はずれの旅人がやってきました。

 まだ若い青年です。灰色のマントもズボンも新しそうですが、長靴はくたび

れていました。背負った荷物もずいぶんと少なく、山を越える格好とは思えま

せん。けれど、旅人を招き入れようと村人たちは声をかけます。

 ところが旅人は、あちらもこちらも断りました。

 選んだのは、集落を外れた小高い場所にある宿屋でした。

 石造りの建物で、赤茶色の屋根が鮮やかです。木の柵にぐるりと囲まれてい

て、離れた場所にはロバの小屋があります。その間にはとっても大きな木もあ

りました。枝には子供が遊ぶブランコが吊り下げられています。今は雪に埋もれていました。

 旅人がたたく前に、扉は開きました。

 迎えてくれたのは若い夫婦です。


「雪が降っている間だけ、泊まらせてください」


 旅人がそう言うと、まずは温かい食事をどうぞと進められました。

 旅人は暖炉にほど近いテーブルで、スープとパンを食べます。

 窓からは止むことなく雪が降っていました。

 旅人は食べ終わっても、しばらくその場で外の景色を眺めています。

 ぴんと張った背筋はピクリとも動きません。どこか張りつめて見えました。

 その背が動いたのは、入り口の扉が開いたときでした。

 

「ただいま、お父さんお母さん」


 どうやら宿屋の娘のようです。

 まだ十をむかえたばかりの、少女でした。

 母親が頭や肩にのった雪をやさしく落としています。それから、旅人にごあ

いさつしなさいと少女に言いました。

 少女はくるみのような瞳を旅人に向けますが、すぐにうつむきます。


「こ、こんにちは。ようこそいらっしゃいました」

 

 ぎこちなくそう言うと、二階に走って行ってしまいます。

 母親は人見知りで困っていると、ほんの少し笑った。

 もともと恥ずかしがり屋な子だったけれど、去年大切に飼っていた犬を亡く

してしまってからは、余計にふさぎ込んでしまった。そう、旅人に話した。


「新しく、犬を飼ったらどうでしょうか」


 そう提案した旅人に、母親は頭を振りました。

 他の犬はいらないと、少女の気持ちはかたいようです。

 その理由は、少女がその犬を死なせてしまったからだと言う。

 旅人は興味深げに聞き入った。


 去年の、ちょうど冬。

 母親は父親のためにどうしても、薬草を探しに山へ行かなければならなかったのです。

 危ないからと、母親は犬だけ連れて少女を家に残して行きました。

 所が、少女は後から追いかけて山へ入り、迷子になってしまいました。

 運の悪いことに、雪まで降ってきてしまう。

 少女は転んで怪我をしても歩き続け、果てには泣き疲れました。

 そんなこととは知らない母親は家へ帰って、慌ててまた森へ戻ります。村人

も手伝ってくれましたが、最初に少女を見つけたのは犬でした。

 犬は倒れていた少女を雪から守るように覆い被さりました。

 それから声がかれるまで、吠え続けたのです。

 村人が見つけたとき、犬は役目を終えたとばかりに息を引き取りました。


 聞き終えた後、旅人は痛みに耐えるような顔をしていました。

 近頃は笑うようにもなり、部屋に閉じこもることも減ったと言います。

 ただ、冬になるとどうしても思い出してしまうのか、ふさぎがちになるという。

 今日は村長さんと村の子供達とで、山の神様にお祈りに行ってきたそうです。

 旅人は二階に続く階段をじっと見つめて押し黙った。

 

 翌朝、旅人は昨日と同じ席でご飯を食べていました。

 外は未だに雪がこんこんと降っています。

 母親に言われて、少女はお手伝いをしているようでした。

 外から薪をもってきて、暖炉の傍までやってきます。


「ねぇ、少しお話ししないかい?」


 旅人がそう声をかけると、びっくりして薪をガラゴロと落とします。 

 拾おうとしてまた落とすので、旅人は手を貸しました。

 薪を拾って、暖炉に放り込みます。


「僕もね、犬が好きなんだ。君と一緒で去年亡くしてしまってね」


 旅人の言葉に、少女はさぐるような目で見てきます。


「絵がとっても上手なんだってね。昨日お母さんがそう言ってたから。良かっ

たら見せてくれないかな」


 少女は唇を噛んでしばし悩んでいます。

 その間に、母親がスケッチブックを持って来ました。


「本当だ、すごい。すごく上手だね。それに、僕の飼ってた犬と似てるなぁ」


 そう言うと少女は、初めて応えてくれた。


「似てるの? どこが?」


 この会話をキッカケに、旅人と少女は話を弾ませるようになりました。

 次の日になって雪が止んでいると、旅人は足早に宿屋を去っていきます。

 来年の冬にまた来ることを約束して。


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