9.尾行「上手くいくといいがな」
「サクヤ、おきて」
声が聞こえる…
それと一緒に体を揺らす心地の良い振動が、グラグラと夢を崩していく。
クレナが起こしにでも来たのだろうか?
「水かければ、おきる?」
聞き覚えのある声が、気持ちの良い朝を妨害しにやってきたようにしか聞こえない。
短い異世界生活で、俺にこんな悪逆非道な仕打ちをするやつは一人しか覚えが無い。
十中八九、ノアことノワール・シェンダートさんだろう…
「全力で起きてるから、水はかけるな」
布団から顔を上げれば、もう真上にまで来ていた水をかける寸前でスッと奪い取る。
全く、朝っぱらから何しやがるこの猫貴族…
「…チェッ」
ノアの漏らした舌打ちに、これぐらいスルーしなきゃやってらんないなと半ば達観した様に対応する。
それでも口角が引き攣った気がするが。
「それで何か様か?」
すると、なぜかジト目で見られた。
尻尾もビシビシと激しく左右に振り回していて、なんだか機嫌が悪いようだ。
「昨日、病院に行ったらいなかった…」
「そりゃ、退院したかんな。当然だろ」
「何で…言ってくれないの」
どうやらそれが怒っている理由らしい。
それは確かにノアの家から入院費とかは払ってもらったよ。
けどな、それを差し引いても何故、元主人に一々報告しなくちゃいけないんだよ。
金はちゃんと返すつもりだし、俺だって自由が欲しいんだ。
後、ノアの怪力が地味に怖いんだよ!!
最後のは死んでも言わないけどな…
「一人で、やってみたかったんだ。俺一人で」
「…そう」
「ノアに言ったら、絶対手伝うって言うと思って…悪かった」
「仕方ない。許す」
…もちろん、嘘である。
そんなことはこれっぽっちも思っていない。
悪いとは思っているが、一人で~の部分は全部嘘だ。
「(別に、嘘吐かなくても許すのに…)」
「えっ?」
「別に」
それから少しするとクレナが転がり込むように部屋に入ってきた。
「た、たいへんです!薬を持ってきたお医者さんが――」
「おい、クレナ?ここ客室。普通はノックが必須だからな?」
「へ、あ、ご、ごめんなさいです。やり直しですか…?」
呆れるかの様に言うと途端にシュンとしてしまった。
ついでに言えば、やり直しと言うのは昨日の夜することも無かったので接客を見てやっていた。
そのときに、間違える度にやり直しをさせていたからか、そういう風に聞いてくる。
「いや、今回はしょうがない。それで?どうかしたんだろ?」
クレナが慌てて部屋に入ってくる様な事が起こったのだ。
さすがに「やり直せ」とも言ってられないので、やり直しは無しにした。
断じて、隣でジト目で見ているノアが怖かったわけじゃない。
「そ、そうです!前に薬を持ってきたお医者さんが来たんです!!」
「おお、じゃあ次は尾行だな。ようやく運が回ってきた」
「尾行…楽しみ」
今の言動から、どう考えてもノアは付いて来るつもりの様だった。
「おいノア?尾行ってかなり危ないと思うんだが…」
「平気」
ノアが、ない胸を張って主張してくる。
「…困るのは俺なんだが?」
「……平気?」
「お前のせいだよっ!?」
こっちを心配するかのように聞いてくるノアに思わず突っ込みを入れてしまう…
ノアも分かっているとは思うが、こいつが危険な目に遭うと問答無用で俺は消される。
こいつの父親の手にかかって、「作也?そんな奴いなかった。みんなもそんな奴知らないよな?な?」みたいなことになっちまうだろう。
「それで?その医者とやらは?」
「今部屋でお母さんたちの診察をしてます。言われたとおり薬は瓶に移して飲んだことにしておきました」
ビシッと、敬礼の様なものをして報告が終了したらしい。
「それじゃ、出て行くのにあわせて尾行開始だな」
俺がそう言うと、ノアとクレナが2人して目を輝かせていた。
こいつら…危険って言葉の意味、分かってんのか?と心配になる。
っと、その前に――
「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだが…」
蛇人の医者が帰っていく後ろを、それなりに離れて尾行する。
「上手くいくといいがな」
はぁ…と溜息混じりに呟くと、件の蛇人に遅れない様に、しかし、近づき過ぎない様に付いて行く。
尾行する時に大切なのは顔を覚えられない事だそうなので、振り返りそうになった時は、下を向いて靴紐を結ぶフリしてしゃがんだり、完全に道行く人と同じ風に振舞う。それも、できるだけ平凡そうな顔をしていることが望ましいそうだ。
ついでに、無駄に高いDex.のおかげで、俺はとんでもなく器用になっており、さっきから1度も怪しまれる様な事は起きていない。…はずだ。尾行は、今の所成功していると言って過言ではないだろう。
「…にしても、あいつら、アレでバレないとでも思ってんじゃねぇだろうな」
チラッと後ろを振り返る。
すると、果物屋の看板からは黒い猫耳としっぽが、隣の武器屋の看板からは真っ白な羽が見えていて、周囲の人たちの目がその二つの異様な光景――つうか、あのバカ2人に生温かく向けられている。
「…俺が見てても不自然な形にならないから、まあ、結果オーライでいいけどな」
宿屋を出る前に、2人には俺を尾行するように頼んだ。
正直、尾行がばれて俺がピンチに陥った時のための保険的な意味があったんだが…
(よく考えりゃ、あいつらに尾行なんかできるわけないよなぁ…)
かたや領主の一人娘。かたや宿屋の一人娘だしな。結構無茶なお願いだったようだ。
(…っと、動き出したか。あいつら気にしてたら、いつの間にか見失ってそうだ。集中しとこ)
前を見れば、件の蛇人が人気のない路地裏に消えていくのが見え、このまま巻かれてなるものかと、焦り、特に注意もせずに路地裏を覗いてしまった。
しかしながら、そこで見たのは取引現場や黒幕の姿ではなく、ましてや取り逃がしたわけでもなかった。
俺が見たのは――追いかけていた蛇人の白衣の背中の所から刃が顔を出しているのと、血を吐いてぶっ倒れている数人の蛇人の死体だった。
周りには血が飛び散り、咽返りそうな鉄の錆びた様な臭いが漂っていて、周囲の物音は自分の心臓の音と、ヒュー、ヒューと苦しげに聞こえる蛇人の呼吸音だけ。
あまりに予想外の展開に理解が追いつかずに思考が停止する。
「あ、あぁ…お、お前…何もんだ…俺たちファミリーに手を出しt――プぇッ?」
「うるさい、黙れ。偽物は喋るな」
ブツリッと、音がして、俺の方にナニカが飛んできた。
何が飛んできたのかは、見なくても分かってしまった。目の前にいたはずの蛇人の頭がなくなっていたから…
でも、それ以上に問題だったのは、その向こうで、真っ赤な瞳が――俺を、見据えていたことだ。
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高原 作也
人族・18歳・男
≪天秤に触れし者≫≪恐怖を忘れえぬ者≫
≪迷宮初心者≫
職業 学生
Lv.2
HP20/20 MP15/15
Str.7
Vit.5
Int.5
Fai.4
Dex.40
Agi.6
Skill
全ての物の歯車Lv.1(0/10) 槍術Lv.1(0/10)
受け流しLv.1(0/10) 投擲Lv.1(0/10)
魔力制御Lv.1(3/10) 指導Lv.1(2/10)New!
追跡Lv.1(5/10)New!
EXP.220
NEXT EXP.300
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