7.二度目のギルド「待ってくれって…」
月日が経つのは早いもので、もうあれから一週間経つ。
今日は俺が退院する日だ。
「本当にお世話になりました」
「いえいえ、また来て下さいねぇ」
軽くお辞儀をすると、見送りに来ていた件の兎人族のナースさん――名前は兎と言うらしい――が、笑顔で手を振ってくれる。
それは嬉しいんだけどな、言うに事欠いて「また来て」とは…
呆れたように頬を掻きつつ言ってやる。
「兎さん、ここ病院だからな?また来てはアウトだぞ…」
「えっ、あ、あはは…またやってしまいましたぁ…」
がっくりとうな垂れる兎さん。
この位置からだと大きな谷が見えて絶景である。
この絶景が楽しめないのは些か残念ではあるが、無事退院できて良かった。
「あれ?サクヤのにぃちゃん、どっか行くの?」
入院してから毎日遊びに来ていた虎人族の男の子だ。
いつもは犬人族の女の子とエルフの男の子と3人でいるが、今日はいないらしい。
「いや、俺はほら、腕も治ったし退院するんだよ」
「えぇ~!なんだよ、退院しちゃうのかよ…あの二人が寂しがるだろうな…」
そういいつつ自分も寂しそうな顔をする。
「そんな心配しなくてもまた遊びに来るよ」
「え?いいのかよ…?忙しいだろ。冒険者なんだし」
「子供がそんなこと気にすんなよ。第一、冒険者は職業じゃない」
寂しそうにしている男の子の頭をぐりぐり撫でると、くすぐったそうにして、
「そ、そっか?…俺達、ここの裏手の孤児院に住んでんだ。遊びに来るならそっちな!約束だからなぁ!」
「エヘへ」と嬉しそうに走っていってしまった。
「サクヤさん、子供には優しいですよねぇ」
「何を仰る兎さん。子供は純粋に慈しむものでしょうに」
「それはそうですけどぉ。私には全然優しくないですよねぇ」
「そうか?」
「そうですよぉ。毎日一回は怒られましたぁ…」
「それは兎さんが悪い」
「あうっ」
毎日毎日この兎さんは何かやらかしてくれるのだ。
昨日も熱々のスープを俺にぶちまけてくれやがった…
その前はこけて俺の左腕を痛打…
他にもいろいろあるが、全部挙げるとキリが無い。
「じゃ、怪我したらまた来るよ」
「はい、お待ちしてますぅ」
この兎、もしかしてわざとやってるんじゃないかと本気で思ってしまった。
病院を出て、街の中央に向けて歩いていくと、商人街なのかすごく賑わっていた。
そこかしこから客引きの声が上がっていた。
路地裏の方を見ても、お腹を空かせた子供とかはいない。
シェンダート男爵はかなりの善政を敷いているようだ。
実はあの人凄かったんだと、俺の中で認識を上方修正することにした。
とりあえず、俺は冒険者ギルドへ向かっている。
もちろん、仕事の斡旋をして貰う為だ。
何も戦うだけが仕事ではないので、比較的簡単な仕事からやっていこうと思っている。
さっきも言ったが、冒険者は職業じゃない。
現代で言う所のアルバイターとかとあんまり変わらないのだ。
俺からすれば、就職先を決める為にアルバイターをやる様な気分である。
そうなるとギルドはハローワークみたいなものだろうか?
「まずは、今日の分の服と食事が買えるだけの金を溜めねぇとな」
前にも来ているが本当にこのギルドって施設はでかいな…
なんと言うか、威圧感がある。
大きな音を出さないように気を付けてギルドに入っていく。
今日の受付は優しそうなエルフの爺さんだ。
「すいません。比較的に安全な仕事が欲しいんですが」
「ん?そうかい。ちょっと待ってなさい…どこじゃったっけ?……おう、あったあった。これなんかどうじゃ?」
そう言って大量の依頼書の中から爺さんが取り出したのは店の帳簿を付けて欲しいという依頼だった。
「実はのぅ…こんな仕事誰がやるんだ!と、不評な仕事なんじゃがやってくれんかのぉ?」
「へぇ、これ、任せていただいても?」
依頼の期日が今日で最後になっている。
相当人気が無かったようだ。
危険も何も無い、誰でも出来る簡単なものだから他の冒険者の人たちも嫌がったのかもしれない。
正直自分でやれよと思わなくも無い。
しかし、報酬もそれなりにくれるようだし、俺にゃちょうどいいが。
「おぉ…やってくれるかね。ありがたい。いつまでも置いておく訳にもいかんかったからのぉ…」
フォフォフォと笑う爺さんにギルドカードと依頼書を渡す。
その後それを再度受け取って、依頼人に依頼を受けたむねを伝えれば依頼を受けられるというシステムらしい。
依頼が終われば依頼書にサインをもらい、またここに持って来れば依頼は完了になり、報酬を貰える。
依頼書は原則一枚しかないので不正はあまり無いらしい。
爺さんからギルドカードと依頼書を受け取ってさっさとここから出て行くことにする。
が、やはりと言うかなんと言うか、バカはどんな世界にもいるようで…
振り返ったときには三人の冒険者に囲まれていた。
三人とも熊人族だ。
「おい、坊主。いったいここで何やってんだよ。ここは冒険者が依頼を受ける所だぜ?」
「坊主みたいなのはさっさと家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
「あ?それ依頼書か?どうせたいした事無いのだろう?ほら、見せろよ!」
いきなり依頼書を乱暴に掠め取られた。
「ちぇっ!しょっぺぇなぁ…冒険者なら冒険者らしく討伐依頼でも受けやがれってんだ!!これはしばらく預かっとく!」
「なっ!?ちょ、ちょっと!?」
受付を済ませた依頼書を持ったまま迷宮へと入っていく三人を必死に引き止める。
このまま持っていかれたら、依頼が受けられないのに罰則金を課せられる挙句、唯でさえない信用が余計に下がっちまう。
「待ってくれって…」
「うるせぇな!!オラ!!」
返してくれるよう頼もうと近寄って行く俺に、容赦なく蹴りを突き込んできた。
そんなものを俺が避けられるはずも無く、そのままギルドの反対側まで吹き飛ぶ。
ギルドの壁にぶち当たってようやく止まった。
死んでないのが不思議な位だ…
「ぎゃははは!リーダー容赦ねぇ~」
「さすが、『凶脚』のマクニ!」
「だっろ~」
「「「ぎゃははははは…!!」」」
あの三人が立ち去ってから、ゆっくりと立ち上がってさっきの爺さんの所へ行く。
体中痛いし、恥ずかしいしで、ここにいるのも正直嫌だけど仕事はしっかりやらないと…
「すいません。依頼書取られたんですが、どうすればいいでしょうか」
「ふむ、ワシも助けてやりたいが…ギルドの規約でのぉ…ギルドメンバーの揉め事は自分たちで何とかするのが決まりなんじゃよ。すまんの」
つまりなんだ。依頼書はあいつから取り返さないと駄目って事か?
めんどくさい事をしてくれたもんだ…
「いえ、お気になさらず。では、さっきの依頼書の依頼主が働いている店を教えてもらえますか?」
「おぉ、それぐらいなら…」
「で、ここが依頼主が働いている宿ねぇ…」
後ろを振り返れば街が綺麗に一望でき、立地はかなりいいように見える。
けど、ずいぶんとまぁ、くたびれた宿だな。
少しばかり失礼な感想を抱きつつ宿へと入る。
中もそれほど綺麗とは言えないが、外と比べると多少マシな印象を受ける。
「すいませーん!誰かいませんかー!」
「はい!い、今行きますから!ちょっとお待ちください!」
どうやら二階にいたらしく、トトトトッと階段を下りてくる音が聞こえ、背中から羽の生えた小さな女の子が降りてきた。
「ご宿泊ですか?ご宿泊ですよね!?」
目をギラギラと光らせて聞いてくるそのあまりの迫力にちょっとたじろいだ…
まだ10歳位の女の子のする表情じゃないだろ。
「い、いや、依頼を読んでね」
「え、そう…ですか」
あからさまに残念な顔をされ、凄く悪いことをした気分になった。
何か空気を入れ替える話題を探そうとすると、女の子の両親が何をしているのか気になった。
娘に客の対応をさせているのだから相当忙しいのだろうか?
「あの、ご両親は…」
どうしても気になって聞いてみると、女の子は悲しそうな顔で両親が原因不明の病気にかかったこと、だから今は女の子がこの宿を切り盛りしていることを教えてくれた。
「そう、だったのか。ごめんな、変な事聞いて」
「いえ、大丈夫です…」
う、沈黙が辛い…
依頼のことでも聞いて、何とか場をつなげないと。
「で、依頼のことなんだけど…」
「あ、はい。ちょっと困ってるんです。私どうにも計算って苦手で…こっちです」
カウンターの向こうの部屋に通された。
部屋の中は大量の羊皮紙が用意されていた。
と言うか、乱雑にぶちまけられていた…
「で、どれから始めればいいのかな…」
その辺に落ちているおそらく帳簿であろう物を一枚拾い上げて聞く。
「え、えぇと…分からないです」
「つまりは整理からしないといけないわけだ」
「す、すいません」
申し訳なさそうに謝る女の子を見ると、渇いた笑いが漏れ出した。
この量を明日までに終わらせないといけないのだ。
「明日までに終わっかな、これ…」
ある意味、壮絶な戦いが始まった。
◆
高原 作也
人族・18歳・男
≪天秤に触れし者≫≪恐怖を忘れえぬ者≫
≪迷宮初心者≫
職業 学生
Lv.2
HP15/20 MP15/15
Str.7
Vit.5
Int.5
Fai.4
Dex.40
Agi.6
Skill
全ての物の歯車Lv.1(0/10) 槍術Lv.1(0/10)
受け流しLv.1(0/10) 投擲Lv.1(0/10)
魔力制御Lv.1(0/10)
EXP.220
NEXT EXP.300
◆