2.ここは異世界「う、眩しっ…」
「くそう、チクショウ…あの神(自称)絶対一発殴る、絶対にだ」
アレから1時間近く、自転車を押しつつ森の中を歩いているが、一向に人がいる痕跡を発見できない。
気になってマップを確認してみたが、やっと半分ぐらいだった。
いい加減マジで疲れたぞ…マップ広範囲過ぎるだろ!
そんなことを考えているとマップが一気にズームして周辺マップに切り替わった。
しかも、自分が進みたい方向に矢印まで出る親切設計だ…
なんともやるせなくなり、ため息と共に力が抜けていくような錯覚を覚えた。
「こんなことになった原因は…思いつく中では1つだけだよな」
言わずもがな、あの神(自称)である。
確か、自分の世界に招待したいとか言っていた。
そのまま直訳すると、自分は異世界の存在で、君をその異世界に招待したいという意味になるな。
あ。よく考えたらその後、よく考えずに俺がOK出してるな。
あれ?という事は、こうなった原因て俺じゃね?
「…今のは無かったことにしよう。全部あの神(自称)のせいだ。うん」
まあ別にここが何処だろうと本当なら知ったこっちゃ無いが、ここがどういう世界かにもよるよな。
ふざけんなって位に過酷じゃなければ俺としては特に問題無い。
どうせ向こうじゃ死ぬ寸前だったし、この状況自体俺がOK出したんだし、仕方ない。
取り合えず、しばらくはできることを探して現実逃避してよう。
「所持品を表示。おぉ、やっぱり表示できた」
◆
Equip
・天戯学園制服(0/0)
・ワンショルダー[4/30]
・自転車
Item
・携帯 ・ボールペン(0/0) ・ドライバー(0/0) ・手帳
◆
「ここまでするならチュートリアル欲しかったな。言っても無駄だろうけど」
何の説明も無くこんなところに放って行く様なヤツだ。
説明書やチュートリアルを用意しているわけもないだろう。
チュートリアルの話題を出しているのに反応が何も無いのがいい証拠だ。
そんなことを考えつつ歩を進めていると、声が聞こえた気がした。
今いるところからはそれなりに遠い様だが、いけないわけじゃない。
ここからだと目的地から少し反れる程度で、特に困ることも無いだろう。
この絶望的な現状で、誰か他の人に会えると思うと足は既に声のした方へと向かっていた。
うっそうと茂る森の中を声に向かって進んでいくと次第に声に近づいているのか、意味の分かる単語くらいならぽつぽつとだが拾えるようになってきた。
「…の辺り……だ…うな!」
「ああ、…違いない。この辺りだ」
「もし……に、人族がいたんなら貴族に高値で売りつけられるぜ!」
「女ならかなりの高値が付くしな!」
あっれぇぇ?何だか期待していたのとかなり違った会話が聞こえるんですけど?
え、何?人攫いか何かなの?
しかも今、人族を捕まえて売るとか言っていた。
これは…ヤバイ。ピンポイントにヤバイ!!
幸い今ならまだ距離も遠く、逃げ切れそうだ。
緊張と焦燥感でうるさい位に騒ぎ出す心臓を無視して回れ右、全力で走り出そうとしてパキッとよく乾燥した木の枝を踏んだ。
俺のバカァァァァ!!?!
「!?誰だ!!」
「もしかしたら今の会話を聞かれたかもしれん、少しぐらい怪我をしてもかまわねぇ。ひっ捕まえるぞ!」
そんな声が聞こえて、なりふり構わず逃げ出そうと足に力を込める。
しかし、踏み折った枝に足を滑らせて思いっきり転倒。
頭を強くぶつけたのか、目の前が暗転して意識を失った。
目が覚めたのは藁の上で、頭が割れそうに痛かった。
少し伸びをしてみようとして気が付いた。
どうやら、かなり狭い箱状の物の中にいるみたいだ。
周りは暗くガタガタと揺れているのを考えるとおそらく何かの乗り物の中だろう。
よく見れば服装が制服から変わっており、薄い布切れが巻いてあるだけの酷いものだった。
所持品も表示してみたが、Noneと表示されているところを見ると全て取り上げられているようだ。
「さすがにこれはねぇよ…俺が何したって言うんだ」
気を失う前のことを考えれば俺は人攫いに攫われて、売られたか売られに行くのかのどっちかだろう。
この世界がゲームみたいだって言うなら、これじゃとんだハードモードだ。
それにしても凄い揺れるな…
もしかして今乗ってるのは馬車なのか?
ははは…どんどんゲーム臭くなって行くな。
脱出イベントでも発生してくれないかな…
これで、後1つでも俺の常識と違うことが起こったらここが異世界だって信じるしかないな。
いい加減命の危機だし、現実逃避もしていられない。
「にしても、これからどうなるんだ…俺なんかじゃ売り物には向かないと思うんだが」
自慢じゃないが、俺は特にカッコよくもないし、筋骨隆々ってわけでもない。
奴隷とかには向かないと思うんだけどな。
ステータスの一覧もDex.以外は一桁だったから間違いない。
「ゲームでも中々いないな、こんな低ステータスのヤツ」
器用さ以外が一桁とか…ホントにハードモード。
他の人たちがどんなもんかは知らないけど、一桁は確実に低い部類だろう。
この世界の人たちが三桁や四桁が普通だとしたら下手すると呼び止めようと肩を叩かれただけで死にかねないぞ。
しかも職業が学生になってるのに経験値ゼロ、これはアレか?
お前なんて何年勉強しても何の経験にもなってねぇんだよ!ってことか?
あの神(自称)…カクゴシロヨ…
俺がそんなどうでもいいことを気にしながら時間を潰していたときだった。
急に馬車が止まり、舌を噛みそうになった。
そこで急に冷静になって、やっと周りが騒がしくなっていることに気が付いた。
これはどうも今から売られるの線が濃くなったな。
ジャッという音と共に馬車の入り口から光が差し込む。
カーテンか何かで光を遮っていたようだ。
「う、眩しっ…」
目が光に慣れてくると、他にも連れてこられた人達がいたことがわかった。
全員が全員というわけではないが、目に絶望しか写していない様に見えた。
しかし、しかしだ。
俺の目に付いたのはそれよりもそいつらの耳や尻尾だ。
そう、尻尾があるのだ。
しかも耳が長かったり、ケモノぽかったりしている。
どう見ても、獣人やエルフと呼ばれるものたちだ。
もう認めるしかない…ここは――
「――異世界、なんだよな…」