1.これが始まり「お前誰だ?」
――その手は天秤に触れし、全ての物の歯車なり…
そんな言葉を俺が使い始めたのはまさしく中二の時だった。
所謂、厨二病に感染してしまったのだ。
それからも長い間この言葉を使っている。
高校に入ってから友達にお前もうそれ止めたら?とよく言われたが、俺がこの言葉を使うのを止めることは無かった。
自分でも良く判らないが、多分フレーズが気に入っていたんだと思う。
俺は昔から手先が器用で、繊細な作業をする前にはよく口ずさんでいた。
ただ、人付き合いは苦手だった。
だからこそこの言葉は、全ての“物”なのだ。
ある意味、俺の人生のような言葉だと言える。
だから、俺はこの言葉を使うのを止めなかったんだと思う。
…それにしても――
(走馬灯って本当にあるんだな)
今現在、俺の思考はビックリするぐらい加速していた。
走馬灯なんてものがゆっくり見ていられるぐらい、加速していた。
暇な時間に、昨日見た新聞の連続猟奇殺人犯が辻峰とか言う名前で、現在行方不明になっているのが思い出せたぐらいには…加速していた。
しかしながら、思考は加速してはいるんだが、逆に体は動かせない。
ある意味、すぐに死ぬより怖い。
死が近づいて来るのが目視で分かるってかなりの恐怖だ。
段々右前方からトラックが突っ込んで来て、自転車のハンドルが曲がり始めようとしている。
なあ、運転手さんよ?驚いていないでブレーキを踏めよ。
せめてハンドルを切ってよ、頼むから。
事の起こりはついさっき。
高校からの帰り道、自転車に乗って帰宅中の俺は反対の車線に居眠り運転しているトラックを見つけた。
そう、反対車線だったのだ…
だからまさか、こっちに突っ込んでくるなんて思いもしてない。
でもそこで、そのまさかは起こった。
急に目を覚ました運転手が、猫を轢きそうになりハンドルを思いっきり右に切った。
運転手はこっちを見ずにハンドルを切ったので、もうすぐ俺は轢かれて死ぬでしょう…
はっはっは…笑えねぇぞ、クソッタレ!
「やぁやぁ、クソッタレとは中々に口が悪いね?君」
…は?
いやいや、ちょっと待て。
今の声は何だ?
今俺は、死の危機に瀕した緊張で思考が加速しているんだよな?
ならなんで他の人の声が聞こえるんだよ、おかしいだろ。
てか、お前誰だ?
「ん?他の人の声は聞こえるわけが無いね。僕の声が聞こえているのは僕が神だからさ」
あははと笑いながら疑問に答える神(自称)。
…やっぱり俺厨二病だったり、二重人格だったりしたのかな。
という事は、この声は俺の抑圧していたもう1人か?
「あはは、中々ユニークな発想をしているね。でも違うよ、僕は神さ」
さて、なんでこんなのが出てきたんだろうか?
死を目前にしての現実逃避だろうか?
それとも1人で死ぬのが寂しいから俺が心の中で生み出したんだろうか?
「なんでというところにだけ答えるね。君を僕の世界に招待したいんだ」
へぇ、それはよかった。
俺はほらもうすぐ死んでしまいそうなんで、さっさと連れて行ってくれると助かるよ。
特に考えずに俺はそう答えようとした。
「あはは!そう思ってくれると僕も助かるよ。じゃ、またね」
神(自称)がそう言って俺の手に触ると目の前がぐにゃりとひん曲がって、気が付いたらうっそうとした森の中だった。
いきなりのことにしばし呆然としていたが、目を少し擦りもう一度周りを見回してみる。
…どう見ても森の中だった。
トラックに衝突されそうになって、神(自称)に頼んだら森の中にいた…
何それ怖い。
「…意味分かんねぇ、てか何処だよここ」
すると目の前にブウォンという音と共にマップのようなものが表示された。
いきなり出てきたことに驚いて木の幹に頭をぶつけたが、もの凄く痛かったこと以外は特に怪我とかは無かった。
目の前が表示されたマップで一切見えないので、手探りで木に捕まって立ち上がる。
「本当に、何が起きたんだよ。さっきまで自転車に乗って車に轢かれる寸前だったはずなんだけど…てか邪魔だなこれ、どうやったら消えるんだ?」
邪魔だと思うと、マップは綺麗に消え去った。
「おぉ!消えた消えた。さて、見た感じどうも自転車ごとここに来たみたいだな」
どうやら、さっきまでの記憶が間違いだった訳ではないようだ。
正直未だに怖さが拭えず、口が饒舌に独り言を喋っているが。
目の前にはついさっきまで乗っていた自転車があり、そのハンドルはほんの少し曲がってしまっている。
この間、買ったとこだったんだけどなぁ…
「直せるといいけど…もっていくとなるとかさばるな、どうするか」
しばらく考えた末に、さっきのマップのようなものを出して、近くに人の住んでいるところがあるなら持って行く。
近くに無いならここに置いて行くことにした。
「えぇと、マップ表示?」
すると予想通りマップが表示された。
どうやら、このマップの表示は思考制御ができるらしい。
見たところ、意外と近くに集落の様な所があるようだ。
よしじゃあ行くかと、足をマップの示す方へ踏み出そうとしてピタッと立ち止まった。
…いや、うんちょっと冷静になろうか、俺。
「何故さっきから目の前に、手で触れることのできないマップが表示される!?おかしいだろ!!」
絶対おかしいぞ、何だこれ!?
一体全体何がどうなってるんだよ!?
ビックリしすぎて、マップが出てもおかしいのに気が付かないところだったわ!!
普通マップ表示とかできるわけねぇぇぇだろうがっ!?
ゲームじゃねぇんだぞ!!
「あ?ゲーム?…ステータス表示」
しかして、そのワードはヒットした。
◆
高原 作也
人族・18歳・男
≪天秤に触れし者≫
職業 学生
Lv.0
HP7/10 MP5/5
Str.5
Vit.3
Int.2
Fai.2
Dex.20
Agi.4
Skill
全ての物の歯車Lv.0(0/1)
EXP.0
NEXT EXP.100
◆
「冗談であってくれよ、チクショウめ…」
彼の物語が始まった。