第9話
1週お休みしてしまいました。
ちょっと心折れそうでしたが、感想はお気に入りの登録に励まされて、今後も週一更新できるように頑張ります。よろしくお願いします。
連日無駄に仕事に励んでいたおかげで、その日は予定通り夕食の時間までに屋敷に帰ることができた。
『一緒に夕食を』という伝言とカミルの花束を、リュシールはどんな顔で受け取ったのだろう。願わくば、好意的な表情であって欲しい。
そんなことを願いながら帰ってきたエリックを出迎えたのは、ジョゼフと数人の使用人だった。
もしかして、出迎えてくれるかもという甘い期待があったエリックは、少なからず気落ちしてしまう。しかし、一週間も放っておいて、それは自分勝手すぎるだろうと、落胆した気持ちを切り替えた。
「リュシールはどうしている」
「先ほど、ファストロより荷物が届きまして、その対応をしておられます」
玄関で出迎えたジョゼフにリュシールの所在を聞くと、そんな言葉が返ってきた。
「祝いの品か?」
「いえ、リュシール様の趣味に使われる物のようで、ようやく届いたと喜んでおいででした」
「趣味…?」
把握しているリュシールの趣味に、別で荷物を送るような物は存在していなかった気がした。思わず自室に向かう足を止めてしまう。
「エリック様、そろそろ夕食の時間になりますが」
「わかっている」
見に行きたい、が帰宅したばかりの埃っぽい軍服では失礼だとわかっていた。ジョゼフの言うように、夕食の時間も迫っているので着替えなければならない。
一息ついて、また歩き出した。チラリと後ろを見ると、ジョゼフの口角が微かに上がっている。
「何だ?」
「いいえ、特には」
そう言ったきり、いつもの顔に戻ってしまった。
昔から、ジョゼフは人を甘やかさない。
「何事も経験です」と、間違いを直接指摘することはない。道を踏み外しそうだったり、大きな間違いを犯しそうなときは、助言をくれることもあるが、基本放任だった。教育係だったくせに。
エリックが兄から苛められていたとしても、「兄弟喧嘩、大いに結構」と止めることもしなかった。そのおかげで、自分で何とかしようとする自立心が芽生えたのは確かだったが、よく解雇されなかったものだと思う。
いや、そういう人物だったからこそ、教育係に抜擢されたのかもしれない。エリックの父親は「男ならば気合いで何とかしろ」という脳筋的な考えの持ち主だった。
着替えを終え、食堂へと移動すると、すでにリュシールは席についていた。
見覚えのあるシンプルかつ上品な青いドレス。リュシールの目と同じ色だ、と生地に一目ぼれをしてエリックがドレスを仕立てせさせたものだった。そのドレスを着てくれている姿に気を良くして、エリックは微笑みながら自分の席に着いた。
「おかえりなさいませ」
「待たせてしまったようですね」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
返されたリュシールの言葉も笑みも、どことなく柔らかく感じて、エリックはほっと胸をなで下ろした。
一週間も逃げていたことを、それほど気にしていないのかもしれない。
良かった、と思う反面落ち込みもする。
エリックがどうしようと、『気にしてない』ということかもしれない、と。
「エリック様、花を贈ってくださってありがとうございました」
「いや、喜んでもらえたならよかった。―――花は、好きですか?」
「はい。それに、カミルの花はいい香りで、部屋に飾っているととても安らぎます」
やった、とエリックは心の中で子供のように歓声を上げた。にやけてしまわないように気をつけながら、「それはよかった」と返事をした。
視界の隅に映るジョゼフが、また笑っているようだったが、気にならないほど気分がいい。
会話が一段落したところを見計らい、給仕の者たちが食事を運んでくる。
子供のころからここの食事はシンプルだけれども、食材の味を生かした美味しい物が出されていた。ここを下賜されるときも、是非料理長も一緒に願ったほどだ。
その料理長がメインに使った川魚のグリルを見て、思わず笑ってしまう。
「どうかされました?」
「この川魚を見て、昔のことを思い出してしまいました。屋敷の裏にある湖で獲れる魚と知って、兄たちと一緒に捕まえにいったことがあるんです」
「まぁ、そうなのですか」
懐かしく笑いを含んだエリックの声とは対照的に、リュシールの相槌は、戸惑ったようなものだった。
俺の昔話など興味もないか。
浮かれ過ぎていた自分が恥ずかしくて、エリックは「こんな話楽しくないですね」と広げた話をさっさとしまうことにした。
「え、いえっ」
リュシールが慌てて否定しようとするが、会話を楽しみたいと思っていたエリックは、話題を変えることにする。
リュシール自身のことの方がいいかと、先ほど気になった荷物のことを聞いてみた。
「それより、先ほどファストロから荷物が届いたようですが、何に使う物なのですか?」
「あ、はい。趣味…のものですわ」
「趣味?」
「手芸が。大した腕でもありませんが、冬になりますし、編み物でもしようかと思いまして」
少し恥ずかしそうに目を伏せながら、そんな風に言う。
いいなぁ、とエリックは夢想する。
暖炉の前で編み物をするリュシール。それを眺める自分。
幸せで穏やかな生活。
「待ってた…」
「え?」
「あなたがくることを、心待ちにしていたんだ」
気がつけば、本人にはずっと言えずにいた言葉を口にしていた。
突然のことに、リュシールは軽く目を見開いて驚いていた。そのまま視線を泳がせたが、すぐに綺麗な微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
喜ぶべきその返事に、エリックは微かな違和感を覚えた。
照れるでも恥ずかしがるでもなく、まっすぐエリックを見つめてくる。まるでそう言われるのは当然とでも思っているかのような、余裕のある態度だった。
そんなリュシールを観察しているうちに、気を利かせたジョゼフが人払いをしてくれたようだ。いつの間にか食堂には使用人の姿がなくなっていた。すると、リュシールはエリックと合わせていた視線を伏せて、ふぅと小さく息を吐いた。
「気を使わせてしまったようで、申し訳ありませんでした」
「―――それは、どういう…」
「慣れていないので、上手く応えれなくて。あれでよかったのでしょうか?」
「上手く?」
「先ほどの言葉、使用人へ見せるための演技だったんですよね?」
少し首をかしげて不思議そうに聞いてくるリュシールの姿に、エリックは返事ができなかった。
エリックを上げて…落とす!
頑張れ、エリック。
話が進まないのはヘタレなエリックのせいかと思ってましたが、リュシールの方にも問題がありそうな気がします(汗)