第4話
臣籍に降下するという大事なことを、普通花嫁には伝えるものじゃないの?!
リュシールは心の中でくすぶっていたその不満を、新居への移動中の馬車の中で、遠回しながらエリックにぶつけた。
初めての『夫婦喧嘩』になるかと思ったそれは、どちらも声を荒らげず本音を晒さない、実に冷めたものになった。
リュシールは、なんとも自分たちらしい喧嘩の仕方だわ、と思いながらエリックに笑顔を向ける。
対するエリックは、仮面のような笑顔を浮かべていた。
しかし、すぐにそれは似合わない気弱そうな表情へと変わり、「王族でなければ結婚しませんでしたか?」と言い出した。
その質問に、リュシールは目が覚めた。
だって政略結婚じゃない。
あるのは互いの利益だけ。そこに、心は存在しない。―――そう言ってたじゃない。
エリックとは、気軽に『夫婦喧嘩』ができるような気安い関係ではない。
勘違いしそうになっていたリュシールは、緩みそうだった心をしっかりと締め直した。
気を緩めていたことに、自己嫌悪で沈みがちだったリュシールだったが、それほど大きくはないが趣味のよい新居と控えめながら好意的な使用人。そして、案内された部屋を見て、気持ちも上向き、知らずにしていた緊張もほどけてきた。
先に到着していたミリアと、新たにエリックが用意してくれた侍女2人 ルネとカーラが、花嫁衣装を脱がしてくれたことで、ようやく一心地つけた。
「ありがとう。ここはミリアだけでいいわ。片づけをお願い」
「かしこまりました」
「あぁ、それから。さっき、玄関で預けたカミルのブーケを部屋に飾りたいわ」
「…確認してまいります」
そう言って、ルネとカーラを追い出すと、一層くつろいで椅子にぐったりと座り込む。
「お疲れ様でございました」
「他国の招待客がいない分、気分的には楽だったわ」
ミリアに労われ、するりと出てきた本音に、リュシール自身が驚いてしまった。
内輪だけの式と聞いた時、侮られたと一度はむっとした。誰のどんな視線にも負けないのに、と。
けれど、ずっと気を張り続けることに少し疲れていたのも事実だったのだ。
リュシールのことを思いやってなのか、エリックが臣籍に降下したからなのかはわからないが、簡素な式だったことでリュシールの負担はずっと少なくなっていた。
そのことに、素直に感謝しようとしなかったリュシールは、自分の狭量さに気付き、恥ずかしくなった。
「お礼を、言わないと―――」
「え? 何かおっしゃいました?」
小さく呟いたリュシールの言葉に、お茶の用意をしていたミリアが聞き返す。
「あぁ、とても趣味のよい部屋を用意してもらったから、お礼を言わないとと思って」
その言葉に、ミリアは笑みを浮かべて「そうなさいませ」と勧め、紅茶のカップをそっと差し出した。
「ある程度のもの持ってまいりましたが、生活に不自由がないようにこちらでも衣装や小物、家具など用意してくださっていたようですよ。趣味で使う『アレ』はまだ着いていませんが、生活するのには支障ありませんわ」
「そうなの?」
妙に嬉しげに言われ、リュシールは改めてぐるりと部屋を見回す。派手派手しさはなく、リュシール好みの落ちついた色合いの家具が多い。
そうしていると、一つの家具が足りないことに気がついた。
―――ベッドはどこ?
「どこで寝るの?」
思わず零れ落ちた言葉に、微笑ましげにリュシールを見ていたミリアが動きを止めた。
「それは、…隣の夫婦一緒の寝室なのでは?」
そう言って、入口とは違う扉を示す。
どうやら、あそこが続き部屋になっており、夫婦の寝室があるらしい。荷解きをしたときに、ミリアは確認していたようだ。
不思議そうな顔をしてその扉を見つめるリュシールに、ミリアは不穏なものを感じて問いかけた。
「リュシール様。つかぬことをお聞きしますが、子供がどうやってできるか知っておいでですか?」
「コウノト―――」
「鳥は子供を運びません」
「畑のシュルツ…」
「ご自分があの緑の野菜から生まれたと本当に思っておいでで?」
ですよねー。
どちらも、伝承というか童話に近いお話だと知ってはいた。
おぼろげながら、「夫婦」が「寝室」で行うコトによってできるものである、というのは知っていた。
けれど、正しい知識は全くと言っていいほど持っていない。本来なら母親か乳母から教えられる事柄なのだが、リュシールにはその機会がなかった。
「知識がないとマズいのかしら?」
「いえ、あの―――どうでしょう。私も、その…まだですのでっ」
恋愛よりも産業や国政の勉強を優先していたリュシールは、そのことについて、今まで知ろうともしなかった。
赤くなって視線をさまよわせるミリアも、リュシールよりいくつか上ではあるが未婚の女性。知識として備えてはいるが、本当かどうかはわからない、という不確かなものだった。
かといって、ここの屋敷の人間に聞くこともできないだろう。
ルネとカーラも、年若く「経験済み?」と聞けるほど気心もしれていないし、確実に経験済みの年配の女性といえば、屋敷に入ったとき紹介された侍女長になるが―――。
「聞くのも恥ずかしいわね」
ミリアと同じように頬を染めて、リュシールは用意をされたお茶を飲む。
「なんとかなる、わよ。たぶん」
「で、ですよね! ほら、『俺色に染めてやる』とか―――」
「………今度はどんな小説にハマってるのよ?」
エリックもヘタレで困りますが、リュシールも頑固で困ります。
馬車の中で『夫婦喧嘩』ができていたら、少し距離が縮まったんでしょうね。
結婚したのに、心の距離は遠のくとか(笑)
エリック、前途多難!!
年末にはちょっと早いですが、年内の更新はここまでとなります。正月中にストック作って、定期的に更新できるようになれると…いいな。
今年は遅筆ながらもいくつか更新できてよかったです。そして読んでいただけて嬉しかったです!
では、よいお年をお迎えください。