第3話
「あんな鄙びた国の姫を王族に迎えるのか?」
「田舎者の姫を王族として敬えと?」
ファストロ国を侮っている貴族から、不満がでるのはわかっていた。
食糧という生命線を握られているのはまずい、けれどその国自体を認めているわけではない。むしろ、貴族の大半がファストロ国を属国のように思っている。
武力で制圧すればいい、と言い出さないように手を打つので、精一杯だった。
「では、私が王族の身分を捨てれば問題はありませんね」
そうして、臣籍に降下したのが結婚式の2日前のことだった。
※ ※ ※
式を終え、王都の屋敷へと戻る馬車の中は、沈黙が支配していた。
結婚したばかりの二人とは思えない、重々しい雰囲気だった。辛うじてそれがわかるのは、二人の白い衣装とリュシールが手に持っているカミルのブーケくらいだろう。
カミルの花は、デガルトで最も広く親しまれている花だ。
もうすぐやってくる雪が降る真冬以外はいつでも咲き、どこでも根付く強い花。そして、その香りの良さから、お茶や石鹸、香り袋などに加工されている。
安価で手に入ることから庶民の間では、エジェンスのシュフルの香水よりもカミルの香り袋の方がいい、と言う者も多かった。
カミルを花嫁衣装に取り入れることを決めたのは、エリックだった。
このカミルの花のように、デガルトに根付いてほしい、という願いを込めて―――もちろん、そんな想いを伝えることはなかったが。
そればかりか、臣籍に降下したことを、ファストロ王やリュシールの父である王弟にも伝えたが、リュシール自身には伝えなかった。
すでにリュシールからは、結婚の承諾を得ていたのだから、身分がどちらでも今さら関係ない。という、自分勝手な理由からだった。さらに言うなら、「王族に嫁ぐのでなければ、結婚する意味がない」と言われるのではないかと、不安に思ったからでもあった。
沈黙に耐えかねたのか、とうとうリュシールが「アスティダを拝領したとは知りませんでした」と、真正面からぶつけてきた。
「ファストロ王や義父殿に連絡はしたはずですが」
「そうなのですか? 父や伯父も、まさか私に話が行っていないとは思わなかったのでしょうね。結婚の話も直接私にしたくらいですから、当然その話もしてあると思っていたのでしょう」
たぶんそうだろう、とエリックは心の中で同意した。
ファストロに対し、そう匂わせるようにもしていたのだから。
「そうでしたか」
それは知らなかった、という少しの驚きと謝罪の意味を込めて、相槌をうったエリックを、リュシールがにっこりと笑って見返した。
「はい。だから、わたくしとても驚きましたわ」
1メートルほどの距離しか離れていない今、はっきりとわかった。
怒ってる。
その笑顔は、あの神殿に入ってきたときと同じものだった。
遠目で見たときは、名前を呼んだら応えてくれた夢の再来かと浮かれていたが、すぐにそうでないことに気付いてしまった。
微笑んでいても、その目は挑むように鋭い物だった。
強く潔いリュシールの素顔に惚れたエリックだったが、未だに向けられる感情は「怒」しかないのかと思うと、さすがに落ち込みそうになる。
「私が王族でなければ、結婚しませんでしたか?」
つい、聞くつもりのなかった問いが零れ落ちてしまった。
挑むようにこちらを見ていたリュシールの鋭い目が、驚きを表して丸くなった。
「―――失礼。忘れてください」
結婚式の直後に、この質問はない。
弱気になって吐き出してしまった問いを、答えを聞く前に慌てて取り下げた。その行為自体が情けないということにすぐに気付いたが、混乱しているエリックはもうどうしようもなかった。
頭の中で、ダリウスが『このヘタレめっ』と盛大に罵っている姿が思い浮かんだ。その、脳内のダリウスからの非難も、リュシールからの無言の視線も、すべて無視をして馬車の窓へと視線を移した。
景色は王都らしからぬ、長閑なものへと変わっていた。降下と同時に下賜された王都の屋敷は、王族の離宮のようなものだった。
広くはないが、周囲の喧騒もなく、のんびりと過ごせるエリックお気に入りの離宮だった。
リュシールも気に入ってくれるといい、と先ほどの失敗を忘れる努力をしていたエリックに、リュシールがぽつりと告げた。
「いいえ、たぶん結婚していたと思います」
長い沈黙の後のその答えに、エリックは驚きと喜びで言葉を失った。
信じられない気持で、恐る恐るリュシールに視線を戻す。
『たぶん』と『思います』の、曖昧すぎる言葉だったとしても、肯定されただけでエリックにとっては舞い上がってしまうほどの嬉しい返事だった。
「そ、うですか」
声が上ずりそうになるのを抑え、平静を装って返事をしたところで、エリックは地に落とされることになる。
「エリック様は、ファストロの食糧が、私はファストロの安全とデガルトとの結びつきが欲しかった。そのための政略結婚ですもの。相手は王族でなければならない、という話ではありませんでしょう」
確かに、王族であればなおよいですが、というリュシールの言葉はすでにエリックには届いていない。
リュシールを、早く手に入れたいがために突き付けた『政略結婚』。
それが間違いだったかもしれない、とエリックは今さら思うのだった。
この文章量なのに、サクサク更新できなくて申し訳ないです。
週一更新くらいを目指して安定してお届けできるように、頑張ります。
しかし、エリックの情けなさ全開ですね…。
カッコよくならない! 甘くならない! という悩みで、筆が進まないのですよ。
この二人、いつか両想いになる日が……くる?