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-8-

王女がその柄に手をかけかけた刹那、

「許せ……」

微かに呟いたかと思うと、皇子が動いた。


その速度は、あまりに疾い。


瞬時に自分の間合いに王女と捕らえる距離まで移動すると、抜刀する!!


王女も彼の動きに気づき、それに反応しようとする。しかし、そのあまりの速さに間に合わない。


二度の閃光。

俺にはそう見えた。しかし、はっきりと見えたわけでは無かった。それほどの速さだったんだ。


その場にいた者たちには、皇子が王女の側に瞬間移動をしたようにしか見えなかったはず。無論、彼の二度の剣撃などは見えるはずもない。

カチンという、剣を鞘に収めた時の音が聞こえただけだろう。


そして、次の刹那には、王女の両腕が付け根から切断され、宙を舞っているところだった。

両腕は切断面から血を流しながら、くるくると舞い、地面に落ちた。


「ぐっ……」

彼女はバランスを崩し、床に片膝をつく。切断面からは夥しい量の出血がほとばしる。

しかし、おそらくはかなりの激痛が襲ったはずなのに、彼女はその痛みをこらえ、悲鳴を上げなかった。

自分の負傷の具合を確認し、次に取りうる方策に考えを巡らせたのだろうか?

青ざめた顔で兄を見上げる。


皇子はゆっくりと歩み寄ると、彼女の傍に落ちた二本の腕を掴み、

「ほら、お前たちへの御褒美だ。好きにするがいい」

と言うと、巨人たちの群れの中へと無造作に放り込んだ。


真っ赤な鮮血を撒き散らしながら両腕は舞い、巨人たちのど真ん中へと落ちていく。


それを見て、一気にパニックが起こった。

「王族の肉!! にくぅううう、にくうう」

「俺のもんじゃ」

「わしのじゃ!」

「うおおおおおおお」

悲鳴にも似た声をあげ、その場にいた巨人たちはその落下してくる腕に一斉に殺到した。

激しい奪い合い取っ組み合いが起こる。

お互いに殴り合い噛み付き合い、互いを蹴飛ばしあう。肉と肉、骨と骨がぶつかる鈍い音があちこちで起こる。

幸運にも腕を手にしたものはそれを貪り奇声を上げる、しかし次の瞬間には、横から来た別の巨人に力任せに殴り飛ばされて、それを奪われる。


奪い奪われ殴り殴られが続いている。

巨人たちがその巨体で暴れまわるため、すさまじい地響きが起こる。

目先の獲物の奪い合いに必死で巨人たちは周りが全く見えず、本来の目的などどこかに行ってしまったようだ。

完全に理性を失った眼をしている。

展開される皇子と王女の戦いなど、もはや思考の埒外のようだ。

唯一正気のリーダーの巨人が必死になって声を荒げて部下たちの争いを止めさそうとしているが、まるで効果がない。

本能のままに動く巨人たちを止めることは不可能なのだろう。


皇子は跪いた妹を見つめる。避けられぬ運命を前にして、それを受け入れなければならない苦しみが、わずかながらもその整った顔に表れている。

すでに勝敗は決しているのは分かっているが、彼女は決して諦めている様子はない。憎しみに燃える瞳で射るような視線を兄へと放っている。

しかし、その表情は夥しい出血のため、かなり苦しそうに見える。


「さらばだ、マリオン」

覚悟を決めたようにそう言うと、皇子は柄に手をかける。


「待って待って、皇子。説得がかなわなかった場合、王女は生きたまま私たちにくれる約束でしょう。何をする気です! 約束が違う! 」

巨人のリーダーが皇子が何をするかを悟り、大慌てになって駆け寄って来る。

凶行を止めようと、必死の形相だ。


構わず皇子が動く。

「斬塵」

静かに唱えると同時に剣が抜かれる。

一太刀であるはずなのに、無数の斬撃が全方位から王女に向けて迫る。

その速度は先ほどの剣撃よりも遥かに早い。それが無数の斬撃となって雨の如く降り注ぐ。


斬撃の全ては俺にも認識できなかった。


皇子が彼女の横を駆け抜け、剣を収める。


それに呼応するかのように、王女の体に無数の亀裂が走った。全身から血が噴出したかと思うと、彼女の体が積み木崩しをするかのように崩れ落ちていく。


悲鳴も上げることさえなく、王女が倒れた。


先ほどまで美しい姿で立っていた彼女が、もはや見るに耐えない姿、ただの何かの残骸になってしまっている。

俺は感じた。絶望のうちに王女の意識が消されたことを。


「な、なんて、ことするんです。うおおお、なんてこった」

背後での乱闘を無視して、巨人のリーダー格の男が皇子に迫る。

無残な姿になったかつての王女の残骸を見て慄然としている。彼には何が起こり、どうしてこうなったかは見えていないだろう。ただ、その結果だけしかわからないはず。

「なんも殺さなくても良かったでないですか! 何ちゅうことしたんですか」


「……そんな余裕など無かったことが、お前には分からないのか? 」


そう言われても巨人には理解できていないようだ。責めるような視線を皇子に浴びせる。

「そんなん言われても、なんも見えんかったですわ。いきなり王女がバラバラになっただけじゃ」

全く訳が分からないといった口調だ。

何とか口にすることはしないでいるが、約束を破った皇子に対する怒りだけは抑えられないようだ。


「だったら教えてやろう。……妹が使おうとした刀の名前は【妖刀百狐ようとうひゃっこ】。お前はあの刀の威力を知らないからそんな事を言えるんだよ。あれは一対多数用の殲滅用の武器だ。もし、あれが発動したら、しかも妹の能力で開放されたとしたら、刀に封じ込められた太古の魔の者の呪いにより、お前たちは瞬殺され、そしてこの城ごと永遠に腐海に沈んでいただろう」


「そんでも、皇子の剣でお姫様は無力化されてたやないですか! あの状態やったら、わし等でも捕まえられたじゃないですか、何もバラバラにせんでも……。せっかくの楽しみが、あないなったら台無しですわ」


「お前はマリオンの能力を知らないから、そう言うのだよ。

 彼女は意識していないが、その力は私よりも、おそらくは王族の中でも誰よりも強い。そして、彼女は死を覚悟して戦おうとしていた。覚悟を決めたときの彼女を侮ったら逆にこちらがやられる。先手を取らなければ、そしてこちらが殺す気で挑まなければ勝ち目はなかった。ああするしか無かった。やむを無かったんだ」

そういうと、これ以上の説明は無用といった風に話を打ち切った。

そして、彼は歩き出す。


「どこへ行くんです。あの方がこちらに来る予定になっていますぞ。わしが報告しないといかんのですか? だったら説明はどうしたらいいんじゃ」


「此度のリーダーはお前だろう。私はただの随行者に過ぎない。

 説明は見たままでいいだろう。それならお前でもできるだろう?

 それに、もう私の使命は終わっただろう? だから帰るんだ。彼女の説得には失敗したが、本来の目的である妹の無力化はできた。これでお前たちは文句は無いだろう? 」


「は、はあ」

情けない表情で巨人が答える。

本来なら、王女を生け捕りにして巨人たちで慰みものにしたかったのだろう。だがそれもかなわず、かといって皇子は失敗をしていないために責めることもできない。脱力感いっぱいの情けない顔をして、バラバラになった、かつての美しいお姫様の残骸を見てため息をついていた。

あの方? 何者かわからないが、そいつにこの状況をどうやって説明したらいいかでも考えているんだろうな。

巨人にとっては失態になるんだろうか?


まあそんなことなんてどうでもいいことだ。

美しいお姫様が惨殺されてしまった現場に立会うことになり、かなり衝撃を受けている。

部外者の立場で傍観しているからまだ大丈夫なのだろうけど、かなりキツイよ。


俺はどうしたらいい? 

そう思った途端、意識が飛ばされる。


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