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まっすぐな視線を受け、皇子は眩しそうに彼女を見つめる。

「マリオン、……ああマリオン。なんとお前は正しく、そして気高いんだ……。そして、どうしようもなく、悲しすぎるほどに不器用なんだね」

そして彼女から目を逸らしてしまう。


「何か、私がおかしなことを言ったのでしょうか? 」

発言の意図するところが分からず、思わず問い返してしまう王女。


「本当に、お前は疑うということを知らないんだね。……今更、我ら王族が結束できるという、ありもしない幻想を抱いているんだね? 」


「もちろんです。私は信じています。我らの力を、我らの結束力を」

迷いなど微塵も無い、その澄んだ蒼い瞳で兄を見返す。


真顔で答える一途な妹に、少し、はにかんだような笑顔を一瞬見せるが、すぐにその表情を打ち消し、無表情になる。

「長兄アンスガーの裏切りがあって以降、もう誰も兄弟を信じることなどできなくなっている。そんな状態で結束など語れると思うのか? 本気でお前はそう言えるのか。……すべては最初の侵攻の時、あの時にすでに我らの結束がほころびはじめていたんだよ」


「王位継承の伝統の崩壊のことですか。いいえ、あれはアンスガー兄様の疑心暗鬼が呼び寄せた幻。あれに私たちが付き合わせられる必要など無いでしょう。私たちはこれまでどおり、王族の規範を護るだけです」


「王位継承第一順位の者は、直近の王の死と同時にその位を継承し、その他の継承者は次代の王の即位と共に死を迎える……。それが今までの私たち王族の規範だった。けれど、それは第一順位の者が王族の中で最高最強であり最良であるという前提があったからこそのことだった。しかし、サイクラーノシュの第一次侵攻において、最強であるはずの長兄は戦いにおいて無様に味方を残して敗走してしまった。あの瞬間、これまで信じられていた伝説が崩れ去ったのだ」

 苦々しげに語る兄。それをただ見つめるだけの妹。

「私とお前の力で、あの崩壊した戦線を持ちこたえさせ、他の兄弟達の協力を得たことで、奴らをなんとかは追っ払うことができたんだが、実は薄氷を踏むような思いだった。勝てたのは少しだけ運が我々に味方したからだろう。

 だけど、今思えばあの時、アンスガー兄が戦死していれば王族の結束も彼の名誉も守ることができたんだろう。もしくは、お前と私がサイクラーノシュの軍勢を打ち破らなければ、また違う結果、異なる未来になっていたのかもしれない。

 フッ、詮無いことだな。今更……済んでしまったことは変えられない。とにかく、王位第一継承権者が最強でないことをみんなが知ってしまった。それは我々王族の間に見えない亀裂を作るに十分すぎたのだ。

 我らは、気付かされてしまったのだ。此度の王位継承第一順位の者は明らかに弱く、その地位に相応しくないということを!

 これまでは、絶対無二の存在である第一順位者がいて、その者に万一のことがあった場合に備えての順位付けでしか無かった。彼・彼女が王となれば、残りのものはあたかも寿命を終えるが如く消えていた。それについて誰も疑問すら持たないでいられたのだ。

 しかし、アンスガーの憫然たる状況を目の当たりにして、彼に対するその信頼は大きく揺らいでしまった。いや、完全に消し飛んでしまった。そして、多くの兄弟が思ってしまったんだ。もしかすると、自分が王位を継承できるのではないか、アンスガーではなく、天は自分を王とさせたいのではないかと」


「何を言うのです。いいえ、そんなこと、誰も考えてはいません。ありえない。私や兄様だって考えなかったはずです」


「確かに、私もお前も考えなかった。もしかすると兄弟の誰もそんな野望を考えなかったのかもしれない。

 だけど、アンスガーは考えたんだよ。彼は考えてしまったんだよ。だからこそ、……焦った。恐怖したんだ。

 このままでは、約束された王の座が下位順位者に奪われてしまうのではないか! と。そして、サイクラーノシュの民たちはそこにつけ込んだんだ。協力関係を持ちかけることで、我々を内部から崩壊させるという戦略を実行するために。

 利害が一致した両者は手を結び、実行された。裏切りは実行され、不意をつかれた多くの兄弟が戦いの中、死んでいった。

 まさに、王位継承の行方は混沌としている。

 本来ならばサイクラーノシュとの戦いに勝たなければ、種族そのものが滅亡の危機だというのに、我ら王族はこの目前にある危機をどこか楽観視しているんだろう。いつでも勝てると思い込んでいるようだ。常に支配者であり、敗北というものを味わったことの無い常勝者である我らのカルマなのかもしれない。だからこそ危機感など持つはずもなく、まとまろうなどと考えない。むしろ、王となる千載一遇のチャンスが目の前にある。誰しもが考えたこともない、考えることさえ許されなかったはずの、王という地位が目の前にある。そして誰もがそれに手が届く位置にいるのだ。そんな中、誰が手を結んで戦おうというんだい」

諭すような口調で妹に訴えかける兄。

その口調は、あくまで静かで優しい。


「確かに兄弟達はみんな、王の座につきたいと思っているかもしれません。みんながその目的のための敵、だからまとまる事はない。それは正しいのかもしれません。ですが、もはや王位継承はこのままでいけばサイクラーノシュ側の力を得たアンスガー兄様に決まるのではありませんか。仲違いをしている場合ではないでしょう。ゆえに説得することは可能です」


「王位は定まらぬよ。……残念ながら、我らが長兄アンスガーは死んだ……。私が斃した」


「え? 兄様が死んだ」

あまりにもあっさりと兄を殺したと告白されたことで、一瞬理解ができなかったようだ。


「そうだ、私が殺したんだ。全ての混乱の根源である彼を生かしておくことだけはできなかったからね。それに、どっちにしてもサイクラーノシュ側に私が入ったことで、彼は自分の今の地位が脅かされることに危機を感じていて、常に私を排除しようと隙あらば命を狙っていたからね。やられる前にやっただけなんだけど」


「な、何を言っているんですか? 今、何を言ったのです。兄様はおかしくなられたのですか。あなたは一体、何を欲されているのです」


「何も望んでいないさ。私が王になれるわけではないよ。……我ら王族はサイクラーノシュの民の支配下で生かされる存在になるしかないのだから。仮にアンスガーが死んでいなくても結果は同じだ」

動揺する妹を気にもかけない様子で語り続ける兄。その語りはどこか自嘲的だ。


「兄様はサイクラーノシュの支配下に入ることを是とされるのですか。誇り高き我ら王族が、あの得体のしれないものの下になるというのですか? 」

ありえないといった調子で王女が反論する。


「このまま戦っても勝機は無い。彼らは抵抗を続ければ全てを抹殺するつもりだ。種として抹殺されるよりはましだろう? 生きていれば逆転するチャンスだってやってくる。今は戦う時じゃない。……あえて耐える時なんだよ」


「それ詭弁です。結局は兄様は私たちを裏切っただけにすぎません。我ら王族としての誇りを捨て、我らのために死んでいった者たちの想いを踏みにじるというのですか。もういいです……私たちを裏切った者の話など、これ以上聞きたくもありません。危険を冒してまで来たことは、全くの無駄でした」

ピシャリと話を打ち切ろうとする。もうこれ以上の議論は不要だ。

彼女の兄に対する態度、それは裏切られた者が裏切った者へ示す姿に酷似していた。



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