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城の城壁の中は雑草が伸び放題で荒れていた。
建物の玄関の鉄の扉も赤茶けた錆に覆われていて、きちんと開きそうにない。むしろ、今にも壊れそうだ。
しかし、王女が手をかける前に扉は自動で開いた。
外観は中世の城塞のくせに、中は何らかの力で明るく照らされている。そして内部は驚くほど綺麗で近代的だ。それに何者かによって、きちんとメンテナンスされているようだ。
通路はまっすぐに奥へと伸びていて、床に埋め込まれたランプの光が王女を誘導するように光り、進行方向を示す。
そして、突き当たりに扉がある。
王女が近づくと、これも自動で左右に開いた。
中は箱状の10人も入れば満員となるような小部屋だった。何者かが王女が中に入るのを確認したかのように音もなく扉が閉まり、下降を始める。
これはエレベータだな。
そして、かなりの速度で降下する。その時間は相当に長い。回数表示板もないから、どれだけ降りていくのかはわからない。それでも、遥か地下の底へと降下しているのは判る。
どうして、こんな古ぼけた城にエレベータがあり、それもやたらと深い深い地下へと行くことができるんだろう。……わけがわからない。
やがて減速し、完全に停止してから扉が開いた。
天井がかなり高く王女の背丈の3倍くらいはあるようだ。壁や天井はかなり硬質な石か何かを磨き込んだようで薄暗い光の中でも輝いている。床はカーペットのようなものがしかれている。
薄暗い室内の壁の床に近い部分に誘導灯が設置されていて、点灯することで王女の行き先を示す。
王女は無言のまま歩いていく。そして扉の前に来た。
ここの扉は自動では開かないようだ。
奇妙な文様がなされた重厚なデザインの両開きの扉。
それを両手で掴むと一気に開く。
中は広さ的には30メートル四方はある正方形の広間となっている。
廊下より遥かに豪華で厚みのある絨毯が敷かれている。三方の壁には華美な装飾がなされていて、ここがかつては客間として使われていたように見える。しかし、全ての調度品が取り払われたせいか閑散とした雰囲気になっている。高い天井にはごくごく一般的な照明器具が取り付けられ、部屋を照らしている。
そして、四面の残り1面の壁は無機質な金属を立て掛けたような銀色の壁面になっている。
「なんだか無粋な部屋ね」
思わず王女が呟く。
「まあそんなことを言うなよ」
奥から声が聞こえ、唐突に一人の男が現れた。
甲冑に身を包んだ、王女と雰囲気の似た青年。
背丈は王女より頭一つ高い。甲冑ごしにもそのすらりとした体躯がわかる。腰には装飾がなされた剣を携えている。
少し癖毛になったこれまた王女とそっくりのゴールデンブロンドの髪。瞳の色も王女と同じ碧。
優しそうな笑顔を見せる。
「兄様!! 」
王女は彼に駆け寄る。そして、思わずこぼれる笑顔。
「お久しぶりです。会いたかった」
少女のようにその青年に抱きつく。
「そうだね、マリオン。もう何年ぶりかな。元気にしていたかい」
強く王女を抱きしめる。
「もちろんです、……と言いたいところですが、残念ながらそうは言えません」
悲しそうな瞳で兄を見返す。
「そうだね。……お前も私と同じか。サイクラーノシュ民の侵攻とそれに呼応した同胞の裏切り。その複合効果で私たちの領地はメチャメチャになったんだね」
「はい。領民達は懸命に戦いましたが、殺されるか囚われてしまいました。彼らを守ろうとしたのですが、私の無力さゆえ、どうしようもありませんでした」
「君の騎士団はどこにいるんだい? 王族の中で最強と言われた、あの1000人の精鋭で構成された白銀騎士団は」
「……彼らは、サイクラノーシュの第二次侵攻による戦いにおいて、領民を守ろうとし、その大半が倒れました。残された騎士達も敵に包囲された領地から私を逃がすために、そのほとんどが戦いの中で散ってしまいました。もはや私と行動を共にしているのは、17名しかいません」
その時の光景を思い出したのか、彼女は僅かに涙を浮かべる。
「まさか。あの騎士団が全滅だと……。信じられない、な」
「彼らは立派に戦い、逝きました。私にもう少し力があれば散らさずに済んだ命も多かったと思います。未だにそれが悔しいです」
「そうか、辛かったんだね……。よくがんばったね。でも、後悔ばかりしていてはいけないんだ。お前は立ち止まってはならない。前を向き前に進まなければならない。それはお前のために死んでいったものたちの望みだからね。騎士たちは主に殉じてこそ幸せ。そして私たちは彼らの屍を乗り越えて進まなければならないんだ。彼らの意気を無駄にしないためにも」
彼は王女の長い髪を撫でながらささやく。
「そうですね、兄様の言うとおりです。私たちは負けるわけにはいきません。たとえ、今は追い込まれてていたとしても、決して諦めません。そうでなければ、私は彼らに顔向けできません。……きっと巻き返す方法があるはずですもの。だからこそ、私は兄様に会うためにここまで来たのですから」
そんな妹を悲しそうな目で見つめるクリスティアン皇子。
視線を感じ、不思議そうな顔で見返す王女。
「どうかしたのですか、兄様。第二継承者である兄様と第三継承者の私が手を結び声をかければ、今はバラバラになり疑心暗鬼となっている兄弟たちでさえ一つにまとめることができるでしょう。そして兄弟がまとまれば、他の親族もかつてのように一つの目的、侵略者を倒すためにまとまれるはずです。……確かに、困難はあるでしょうけど、大義の前にはその程度の辛苦など、どうということではありません。私は覚悟ができています。……死んでいった者達の為にも私は前に進むつもりです」