-3-
荒涼とした大地が続く。
鈍色のどんよりと曇った空が遥か彼方の地平まで続いている。
分厚くたれ込めた雲のせいで太陽の光は遮られ昼間だというのに薄暗く感じさせ、寒々としている。
冷たく乾いた風が吹きすさぶ、これまで見たことが無い光景。
見渡す限り、生き物の気配が感じられない。
———何、ここは異界??
俺は覚醒する? ……した。
覚醒はしたけれど、体がここにあるわけじゃないことがすぐに分かった。身体が実体を伴った感じじゃない。なんか透けてるし。
おまけに宙に浮かぶ感じで漂っている存在でしかなかったんだ。
これは夢?
再び、あたりを見回してみる。
長きにわたる川の流れによる浸食が、深い深い渓谷を作り出している。小高い丘陵には城が築かれていた。
時代風にいうと馬車1台が通れる程度の細い道がうねりながらその城へと通じている。
いわゆる山城といったタイプの城だ。近世に造られた華美な装飾を施された、美しいお姫様が出てきそうなものではなく、まさに要塞のようなものだった。
城は外周を深い堀で囲まれ、外敵の侵入を拒んでいる。唯一の進入路である跳ね橋は上げられたままになっている。
城壁の右側には大きな塔のようなものがある。あれは見張り台を兼ねているのか。塔の隣には居館やいくつかの建物が見える。
しかし、遠目にも判るが、かなり荒れているようだ。城門や城壁は戦乱の惨禍でもあったのか、一部が壊れたり崩れたまま放置されたままになっている。居館についても屋根が大きく壊れたままだ。
跳ね橋のすぐ向こうの門の上には、巨大な男が座っているのが見える。
遠目にもその大きさが分かる。おそらく、身長は3メートル弱はあるだろう。上半身は裸で、つけている衣服はふんどしのような布きれのみ。そのむき出しとなった両腕から胸板の筋肉は分厚く張り出しているが、腹はぷっくりと突き出ているし、大地を踏みしめる足も太い。
灰色の髪の毛は伸ばし放題となっておりあごひげともみあげが繋がっている。肌 は少し浅黒い。太く薄い眉、低い鼻、張り出した頬骨、細く切れ長の瞳は澱んだ黄色だ。少し口を動かすと四本の犬歯がのぞく。
その外観からは決して理知的な生物には見えず、粗暴さだけが取り得のように見える。
クチャクチャの何かを噛んでいる。
遠くから微かな音が聞こえて来た。そして、それは次第に大きくなってくる。
地面が揺れ、隆起する。土埃を巻き上げ、何かが地面から出てきたのは判った。だけど、ぽっかりと口を開けた地面の穴からは何も見えない。モーターか何かが回るようなノイズだけが聞こえる。その音もそれほど大きなものではなく、ちょっと風が吹き出したら判らなくなる程度の音量だ。
やがて、エンジン音らしきものが停止すると同時に、その空間に何かが姿を現し始めた。空間の歪みが次第に補正され、やがて、そこにはこの世界観には不釣り合いなものが現れる。
その形はどうみても古いSFで見かける、先端に地底掘削用のドリルのついた乗り物そのものだった。ボディには格納できるらしい構造の足のようなものが左右三本づつあり、今は全てが出されて、昆虫のようにボディを支えている。ボディは先端へ行くほど細くなる形状で、運転窓らしい小さな窓がある。フロント部分にはいくつかのライトのようなものが見えている。
どうやらドリルで掘った土を両側の6本の足で後へ掻き出しながら地中を進むことができる乗り物のようだ。
光学迷彩(optical camouflage)、おそらくは空間歪曲型のものだろう、を施すことができ、登場するときの状況から見ても移動時の音は小さい。隠密行動を主目的としているのだろう。
カチリと音がするとゆっくりとボディ左側のハッチらしきものが開き、前方へと倒れながら降りてくる。
そのハッチは内側が階段状になっていた。
開ききると同時にそこから人が降りてくる。
一人、二人……四人。
四人とも銀色の甲冑にマントを身に纏っている。それぞれが体格も種族もバラバラのようだ。
言えるのは全員がヒューマノイドタイプであるというだけ。
一人目に外に出てきたのは、巨大な体格の人間。門の上に座る巨人と比べれば小さいが、それでも身長は2mはありそうだ。その体は高さだけでなく厚みも相当 なもので甲冑ごしでも鍛え上げられた体であることが判ってしまう。そして背中にはその巨体と同じくらいの長さの大剣を背負っている。かなりの重量が有りそうだけれど、まるでその重さを感じさせない動きをしている。その体格のため車から出てくるときは体を屈めながらだった。
その横に立つ男は隣の男の肩くらいの身長しかない。ほっそりした体つきで二人が並ぶと親子のように見える。似てはいないが。彼は剣を持たず、柄だけのようなものを腰からぶら下げている。一人目より年長だ。どっしりと落ち着いた雰囲気を醸し出している。
彼も人間だ。
だけど、三人目に降りてきたのは人ではなかった。
その顔はまさに狼のものだった。鼻は突き出し、鋭い牙が見える。耳は人のように横に出はなく頭の上にあり、尖った三角形のものだ。全身を銀色の毛に覆われ、瞳は金色に光っている。体の大きさは巨体の男に少し負けるくらいだが、やはり密度が違う。
その姿は人狼という呼び名が相応しい。彼は武器を持たないようだか、戦時となれば、その体こそが強力な武器となるんだろう。
四人目に出てきたのは背は人狼の男と変わらないくらいの大きさだが、ずいぶんと細くて華奢だ。色も白い。そして端正な貌をしている。長い金色の髪を後で束ねている。彼は人ではないのだろうか? 耳が細く先端が尖っている。
外見とその雰囲気からすると、ファンタジー小説でよく出てくるエルフっていう種族なんだろうな。
肩に大きな弓をかけている。
四人は周辺を警戒し安全を確認し、乗り物の入り口を包囲するような立ち位置を確保した。
「姫様、どうぞ」
最初に出てきた巨漢の男が中に向かって合図する。どうやら、彼がリーダー格のようだ。
そして、中からさらに人が出てきた。
瞬間、辺りの風景が華やぐとともに、緊張が走ったように感じた。
この弱々しい光の中でも輝くゴールデンブロンド長い髪。その頭頂部には銀色に輝く無数の宝石がちりばめられたティアラ。中央には親指大のブルーダイヤがはめ込まれている。抜けるように白い肌に漆黒のゴシックロリータとしか思えない着衣。彼女の背丈は170センチあるかないか。ほっそりとした体躯でありながら、その胸の膨らみは遠目にも大きいことがわかる。その立ち居振る舞いは緩やかで落ち着き、 神々しくも美しく見える。
碧い瞳が周囲を見渡し、ゆっくりと階段を下りていく。
全然違うとは思うんだけれど、彼女のあのティアラには見覚えがあるんだけど……。
うん、どう見ても、王女が身に付けていたやつと同じデザインなんだよな。それにあのゴスロリの服装だって彼女が着ていたのと同じデザインだ。一体、彼女は誰なんだろう?
その後を一人の男が距離を置いて出てきた。
その格好に少し驚いた。
背丈は王女より少し小さい。そんなことはともかく、どう見ても今風の日本人にしかみえない風体。髪型も今時の高校生みたいな感じなんだよな。そして、この世界観を無視するゴーグルを装着し、スニーカーにジーンズ。上には赤いTシャツの上に白衣を着込んでいる。全部ユニ○ロで揃えたような服装だ。
「では、行きましょう」
王女がそう言うと、四人の騎士は王女を囲むような隊形をとって歩き始める。白衣の少年は王女の後を遅れて続いていく。
そして、6人は巨人の待つ門の側まで来た。
王女達の行進を巨人がニヤニヤと見つめている。明らかに王女の躰を性の対象として舐め回すように観ている。長い舌をだして、ペロリと音を立てる。
それに気づいたエルフの騎士が矢に手を掛ける。鋭い眼光で巨人を射る。
恐らくは威嚇をするつもりなのだろうが、その目は笑っていない。
「おっとっと、ドラウ・エルフは、まじで怖いのう。わしを殺したら、それこそお姫様が……クリスティアン皇子に怒られるだけじゃよ。ふほっほっほ。それ以前にそんなことしたら中に入れねえ」
王族の挑発にエルフの感情が爆発しそうになるのが分かった。ドラウ・エルフって確か堕落したエルフって意味があったはず。
「ラスムス、挑発に乗っては駄目よ。それに、私のことはいいの。おやめなさい」
静かに、しかしピシャリと王女が命ずる。
「は、しかし……」
弓にかけた手を離すが、彼は納得していないようだ。主の命だから威嚇行動を、いやさっきの挑発で攻撃寸前だったな、を止めたといった風に見える。
優しくエルフの騎士にうなずく王女。お前の気持ちは分かっているといった感じだ。
そして静かに巨人の方を見、
「さて、……そこの巨人よ。お前は何者なのか? 巨人族が何故、兄様と一緒に行動しているのかしら? たしか、お前達巨人族は開戦早々にサイクラーノシュの民の軍門へと自ら好んで下ったのではないのか? そんな巨人族が敵である私たち王族と行動をともにするとは、どういったことなのかしら」
サイクラノーシュって王女が何か言ってたよな。王女たちの敵対勢力だったはず。
「へっへへ。世間の噂みたいに巨人族が一枚岩だというわけじゃないんじゃ。わし等はそれぞれが考えて、今時点で強い方についただけ。そして、このわしは皇子についた方が有利だと判断しただけですわ」
「フン、巨人の言うことなど当てになどならん。巨人族は太古より息を吐くように嘘をつくと聞いている。お前のいうことなど何の保証もなしに信用などできるものか。……姫、ここは引いたほうが良いのではないですか」
と、リーダー格の巨漢の男が忠告する。
「ランドルフ、お前の言いたいことは解ります。でも、私は兄様を信じているのです。そもそも、私からお願いした話です。だから行かなければなりません。お前の言うように仮にこれが罠だとしても、私たちの、今の置かれた状況では選択の余地などないでしょう? あえて危険を冒してでも、今は行動しなければならないのです。……安心なさい。まあそんなことは無いでしょうけど」
王女がそう言えば、彼らにはそれ以上返す言葉は無いようだ。
みんなそれぞれ疑問を持っているようだけど、それ以上はあえて口には出さないようだ。
「では、お前たちは、私の意見に同意でいいですね。……それでは跳ね橋を降ろしてもらえますか、巨人族の戦士よ」
丁寧な口調で話す王女。
巨人が傍にあった取っ手を下ろすと、跳ね橋が音を金属の擦れる音を立てて降りてくる。
王女を先頭に橋を渡ろうとすると、突然、巨人が素っ頓狂な声を上げる。
「おっとと、通って良いのはお姫様だけじゃ。外の下僕連中は通行まかりなりませんよ。下賤な連中とは皇子様はお会いにならんとのことですわ」
「なんだと! 」
「巨人如きが我らに命ずるというのか」
口々に騎士が叫ぶ。