第33話 封印
意識が戻る。
同時に激痛が全身を貫く。呼吸までもが絶え絶えとなってしまう。しかし、その痛みで現実世界に戻ったと実感する。
ショーが今、居る場所。
戻ってきた場所。
それは創造された仮想空間ではなく、現実世界だった。
ランドルフの奇襲により、彼が重傷を負った世界だ。
彼は痛みに耐え、探し求める。……王女の姿を。
「大丈夫ですか、ショー」
彼の名を呼ぶ声。その声には、あまり馴染みが無い。声の主は最近、劇的なまでに変貌させられたからだ。それでも、発せられる波動で分かる。
そこには王女の顔があった。
ショーが意識を取り戻した事で、安堵した表情を浮かべる王女。彼女に対し、苦痛をこらえ、なんとか精一杯の微笑みを返す。
「良かった……。急に倒れ込んでしまったので心配しました」
心から嬉しそうな笑顔を見せてくれる。少女の姿、あどけない顔立ちになってしまったけれど、その瞳から発せられる光は以前のままだ。
「ところで、……ランドルフはどうなったのですか? 彼もあなたが意識を失うのとほぼ同時に、急に動かなくなってしまったのですが」
王女の問いかけに、彼は部屋の中央で仁王立ちとなった巨体を見る。
大剣を振り上げた状態で、凍り付いたように静止している。両眼を大きく見開き、標的を叩き壊さんばかりの力を込め、歯を食いしばった状態のままだ。
その形相、その構え、その圧倒的な重圧感。今にもその剣を振り降ろしそうな勢いだ。
しかし、……彼はもう動くことはない。まるで石像になったかのように固まったままなのだ。……瞳からは生気が完全に消失している。
「ラ、……ランドルフの魂は、私の作った世界の中に封印されました。もう二度と、復活することは無いでしょう」
自分が作り上げた異世界の権能の説明を交えて解説する。
権能の説明を始めると、いろんな疑問が生じ、説明はそんな簡単に終わる物ではない。あまりにもとんでもなく規格外の概念だからだ。
けれど、王女はそれ以上解説を求めてくることはなかった。まるでショーの言葉をすべて受け入れているかのようだ。
「そうですか……」
寂しそうな表情を浮かべるだけで、それ以上何も言わない王女。創造でしかないが、ランドルフの想いを知りたかったのだろうか?
「それよりも、あなたの怪我の方が心配です。すぐに治癒を行いますから、じっとしていなさい」
そう言うと、彼女の治癒能力をショーに向ける。……しかし、その効果はほとんど感じられない。否、権能が発現すらしてないように見える。彼の負傷の度合いが、致命傷レベルになっていることが原因と推測されるが、それでも本来の王女の能力が健在ならば、簡単に治癒させられる負傷だった。
「あれ? ……どうして治らないの? おかしい」
さらに意識を集中するかのように、傷口に両手をかざす。彼女の両手が発光し、それが治癒を始めようとしているのが分かる。けれど、その治癒概念の光はあまりにも弱々しく、今にも消え入りそうな光でしかなかった。
「姫……無理はなさらないでください。もはや私の怪我は、たとえ姫の治癒魔法も治らないほど深刻な状況なのでしょう」
それは、嘘では無かった。
魔力を放出して障壁を作り出し攻撃を防御したものの、ランドルフの一撃はショーの発生させた防御壁すら突き抜け、衝撃のみでショーの内臓のあらゆる箇所を破壊し、治癒不可能レベルのダメージを与えていたのだ。傷口から溢れる出血は止まる事が無かった。見えない体内の内出血は更に酷いものだろう。
仮に王女が本来の能力を残していたとしても、短時間では治癒させることは難しかったかもしれない。もちろん、王女との血の契約が解除されていなければ、王族の快復力の加護を得ることができたから、何とかなっていたかも知れない。……そんなことを言ったところで、どうにもならない。無い物ねだりでしかないのだから。
「そんなことないわ。もう少し集中すれば、応急処置レベルではあるけれど、ショーを救う事ができるはず」
食い下がるように王女が言う。
「私に構っている時間はありません。ランドルフたちがサイクラーノシュの側にいたということは、、姫様がここにいることを奴らに既に知られているということです。そう遠くない内に、奴らがここに来るでしょう。いや、それ以前に、あいつらが不審に思ってやってくるかも知れません。ぐずぐずしている暇は無い。速やかにここから逃げる必要があります」
奴ら……それはランドルフと同じく、騎士団にいる巨人と人間の混血者の事だ。最後の最後まで生き残り、共に王女を逃がすために戦ったはずの仲間達だ。彼等もランドルフと同じ意志で行動していたはずだ。
王女に対する激しい憎悪の感情を胸に秘めて。
今のところ彼らはサイクラーノシュの到着を待っていると思われるが、何時異変を察知するかもしれない。そうなれば、彼らはここにやって来るだろう。
傷ついたショーと王女では彼らにさえ勝利することは不可能だ。
故に一刻も早く王女を封印の向こう側へと送らねばならないのだ。
「逡巡している間はありません。早く向こう側へと行くのです、姫。私達はこのためにここまでやって来たのです。姫をこの窮地から逃すために私は……、私達姫の騎士団は戦ってきたのです。私達の戦いを無駄にしないためにもお急ぎ下さい」
困惑の表情を浮かべているように見える王女に、懇願するように伝える。
「……嫌です」
そして、あっさりと否定される。
「お前も連れて行きます。お前はまだ生きています。封印の先にどんな世界があるか、私は知りません。けれど、そちらにいけば私の力も回復させることができるでしょう。そうすれば、お前の傷も治すこともできるはず。そして、再契約もすることも可能でしょう。……これ以上、誰も失わすわけにはいきません」
「何を仰るのですか。……今の状況をお忘れになったのですか? 」
あまりにも無茶な話に唖然としながら答える。
「姫のお気持ちはとても嬉しいです。けれど、現実をご覧下さい。……私と姫の契約は途絶え、もう私は長く生きられません。その上、こんな重傷です。仮に姫の仰るように異世界へと逃れられたとしても、……世界間移動の衝撃に耐えられるかは分かりませんけれど、たとえ無事移動できたとしても、長くは生きられないでしょう。そして、そんなことをしている余力は姫に余力が無いことは、ご自身が一番ご存じでしょう」
「それでもできることはしなければならないのです。いいえ、したいのです」
体が子供になった影響もあるのだろうか? 王女はかつての冷静な思考ができなくなっているように思える。どちらかといえば感情に揺さぶられ、それに多大な影響を受けているとしか思えない。急激な変化がそうさせてしまうのだろうか。
「駄目です。それに……私には最後に為さねばならない役割があるのですから」
「それはどういうことですか」
戸惑うような表情を浮かべる王女。ショーが何を考えているのか、少しは予想できているのだろうか。
「開かれた封印はそのままにしておくわけにはいきません。扉を開けっ放しにしていたら、サイクラーノシュたちも姫を追って移動できてしまいますから。けれど、姫は向こう側へ行ってしまうので、再封印を行うことはできません。故に、誰かがそれを為さねばならないのです」
「封印なんて事をあなたができるのですか? いいえ、できるできないなんてどうでもいいことです。封印を行うということは、あなたはこの世界に残るということです。たった一人で敵しかいない世界に取り残されるということなのですよ。それが何を意味するか理解して言っているのですか? 」
「安心してください。姫は知らないかも知れませんが、私は、こちらに来る前の世界では、有史以来最強の魔法使いと呼ばれていたんですよ。封印術式など無数に知っています。王族の封印レベルにはたどり着けませんけれど、たとえサイクラーノシュであっても短時間に解除できないものもマスターしています」
「そんなことを言っているのではありません。あなたの命の事を言っているのです。封印をしたあなたを奴らは許さないでしょう。どんな目に遭わされるか。そんなことは認められません。……私はあまりにも多くの者を死なせてしまいました。もう騎士はあなたしかいないのです。これ以上……」
ショーの未来が見えたのか、絶望的な表情を浮かべる。
「もう時間がありません」
自分を心配してくれる王女の気持ちは痛いほど感じられ、嬉しかった。けれど、これ以上の議論は不要だ。




