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第32話 超越

 騎士団最強と言われた戦士が、むき出しの殺意を向けてくる。

 それは、すぐ側に巨大な火球が発生し、その熱にさらされているような感覚をショーにもたらす。熱さに耐えかねて顔を逸らし身じろぎしそうになるほどだ。それどころか、息苦しささえ感じさせる。それだけではない。熱さと同時に、凍えるほどの寒さも感じるのだ。その寒さとは肉体が感じるものではなく、精神が感じるモノ。すぐ側に逃れられない死という現実が迫っているという恐怖から来るものだ。


 ただし―――。

 これが現実世界におけるものであれば、の話だ。


 ここは現実世界ではない。

 ショーの権能により想像された、異空間。

 異世界。


 その発動した力により、本来あるべき力関係がねじ曲げられ、逆転してしまった。


 瀕死のはずのショーは、全くの無傷……健常体に戻っている。本来ならランドルフによって負わされた傷により虫の息のはずなのに、まるで時間を遡及させたかのように、ピンピンしている状態だ。


 逆にランドルフの体は、不調の極みであり、体が鉛の様に重く感じている事だろう。彼は混乱の中にあるはず。どういう絡繰りかは不明なものの、世界の重力が増加していると認識はしているようだ。しかし、その原因は分からないだろう。そして、恐らくではあるが、分かる事は体の怠さだけでなく、呼吸さえ苦しくなっているということも感じているだろう。


 あらゆる理が反転させられ、圧倒的不利な状況に置かれてしまった。それでも全力をもって敵であるショーを殺そうと足掻く。常人なら心へし折られる状況なのに、全く屈することが無い。

「くっ。……何ということだ。私がこんな詐欺的な能力に取り込まれてしまうとは。……だが、私は負けない。何があろうと引き下がらない。お前の得たいの知れない能力が何なのか、全く分からん。けれど、そんなことはどうでもいい。ここでお前を殺してこの世界から抜け出してみせる」

 歯を食いしばり、必死の形相となって睨む……睨む睨む睨む。

「この……くそったれな世界から抜けだし、王女を彼等に……サイクラーノシュ達に引き渡さねばならんのだ。そうすることで、私は呪われた運命から解放されるのだ」


「ふざけるな! 姫様と共に生き、戦った時間を呪われた運命なんて言うな。俺たちが姫様のおかげで、どれだけ満たされた時間を過ごしたのか、……そんなことさえお前は忘れたと言うのか? 共に過ごした時間は、すべて嘘だったっていうのか? 」


「私にとっては、単なる虚しさの積み重ねでしかなかった。必死に自我を押し殺し、耐え忍び、偽りの笑顔という名の仮面を被り続けただけの、無為な時でしか無かった」


「姫様の為に生き、戦い……姫様の笑顔を見ることを最上の幸せだと思う事は、お前には無かったというのか? 」

 唖然とした表情でショーが見つめる。

「姫様の為に生き、姫様の為に死ぬという契約は、偽りだというのか」 


「親兄弟親類縁者……すべてを殺した奴に、どうやってそんな想いを抱けるというのか? むしろそんな領域まで精神を高められる術があるなら、教えて欲しいものだ。殺されただけではない。ただのコソ泥、強姦者としての汚名を着せられた、我らが巨人族の苦しみを忘れられるものか。王女を次の支配者たるサイクラーノシュに引き渡すことで、我ら一族の名誉は回復される。そして、この一件で私は、一族の英雄として扱われるだろう。もちろん、自分はこの功績で出来損ないの巨人であるが、真の巨人族として認められるのだ。本来、私が属するはずだった世界に迎え入れられる事ができる。……もちろん、私はもう長くは生きられない。けれど、たとえ出来損ないのヒトガタであっても誇り高き巨人族の血を受け継ぐ者であることが証明されるのだ。マガイモノのヒトガタであっても、受け入れる価値がある者だと証明できるのだ。そして、巨人族の子でありながら、出来損ないのマガイモノとして冷遇されてきた者達に、希望を与えることができるのだ。私達のような巨人族になれない出来損ないでマガイモノと差別された者達でも、偉大な名誉ある巨人族の血を引くものだということを私の手で、この行いで証明するのだ! そして、王女を捕らえた事で、また巨人族もサイクラーノシュに認められる。なんと素晴らしい事か。たとえ自分が死ぬこととなろうとも、自分の名は、皆の記憶に残り生き続けるのだ。絶望の中で生まれ生きてきた人生だったが、最後の最後で一花咲かせられるのだ。だから、だからこそ私は絶対に負けられないのだ」

 吐血しながら、想いを吐き出すように、ショーが友と信じた者が吐露する。


「ランドルフ……。お前にもお前なりの理由があるのだろう。それについて、俺が批判できる立場には無い。けれど、姫様は、俺たちみんなに平等に愛情を注いでくれたはずだ。決してそれは偽りでは無かったはずだ。憎しみに囚われたお前には、分からなかったかもしれないけれど」


「フ。そんなもの偽りのものでしかなかろう。何の感慨も無いわ。……私の芝居に騙されて、愚かにも騎士団団長の地位を与え、最後の最後まで私を信じていた王女の馬鹿さ加減だけは溜飲が下がる思いだ。ウェーハッハッハッハッハッハ」

 かつての騎士団長の立場にいた者とは、想像もできない下劣な嗤い顔を浮かべ、気持ち悪い嗤い方をするランドルフ。


「騙されていた……か。よく考えて見ろ。姫様と契約を結んだ者は、姫様と精神的な繋がりを持つことになると言われただろう。それがどういうことか分かっているのか? 彼女は、俺たちの記憶も考えも何もかも、いつでも知ることができる状態だということだ。思い当たる事がいくつもあるはずだ。姫様は、いつでも俺たちの気持ちを口に出さずとも把握していて、何かある度に言葉をかけてくれた事を。何でも知っていて、困ったときには手を差し伸べてくれていただろう? たとえ、隠し立てをしようとも、知られてしまったじゃないか。秘密裏に姫を祝おうとした時も、彼女は無理をして態とらしい喜び方をしていた。俺たちに気を遣ってくれていたんだ。……だから、言える。姫様はお前の考えを知った上で、あえて何もしないでいたんだ」


「ならば、王女は私達が裏切ることを知りながら、任も解かずにいたというのか。そんな愚かな真似をしたというのか。そんな事があり得ると思うのか? 」


「何故、そうしたかは、俺なんかには分からない。けれど、姫様はお前達を信じていたんだ。きっと思いとどまると。それが愚かだとは、俺には言えない。そもそも、お前達を殺さずに騎士として契約したこと自体がありえないことなんだから。きっと恨まれているであろう相手を自らの側に取り込もうとするなんて、狂気の沙汰だと思う。俺ならしないだろう。騎士団団長にも任ずるはずがない。自分を恨んでいる者を側近にしようなどと……。姫様は、きっとこう考えられたんだ。もし、裏切ろうとするのであれば、それはそれでも構わないと。その先にある運命すら受け入れられていたのだろう」


「……フン。それなら、王女は驚くほどの愚か者だったということだ。愚者は滅ぶしかない。まさにそれが現実になっただけだ。……これ以上の戯れ言は聞く耳を持たん。さっさとお前を殺し、王女を捕らえて終わらせる」


「姫様をお前達に渡すことは、絶対にさせない」

 ショーもついに身構える。


 ニヤリと笑うと、ランドルフは王女より結果的にではあるが授かった宝剣を振り上げる。


 ランドルフの身長とほぼ同じくらいの刀身を持つ、大剣。

 王女が最強の剣とはどんなものになるのか? 財貨を惜しまずに作成したなら、どんなものになるのだろう。そんな興味本位だけで伝説の鍛冶師と呼ばれた、ドワーフ族のヴィーラントに作成させたもの……と聞いている。


 その重量は、人間の大人が5人がかり動かそうとしても、微動だにしなかった。とにかく巨大で、頑丈で、重たく固かった。しかし、そんな重さだけでが武器の剣ではなかった。

 鍛冶師によって、様々な魔導的な処理を施されたソレは、ある意味呪いにも似た力を秘められることとなっていたのだ。様々な魔的処理を施された……まさに、意志を宿したような剣は、使う者を自ら選ぶ権能を得ていたのだ。


 圧倒的な戦闘能力を持つ姫様の騎士団員でさえも、この剣を使いこなせるどころか、ただ持つだけの動作ができたのさえ、数人しかいなかったのだ。

 それだけ物理的な重さだけでなく、剣に吹き込まれた息吹に耐えられる精神力が必要だったのだ。そんな剣に、命のやりとりをする戦闘時において、命を預けられるような者は存在しなかったし、欲しがる者はいなかった。このため、長い間、宝物庫で埃を被っていた。

 ある時、倉庫の掃除を命じられた騎士達がそれを発見し、姫様に問い、同じように自分には扱えないと思い知らされたのだった。

 否、……まだ騎士団に入って間もないランドルフだけが、その大剣を欲したのだった。

 剣に秘められた、圧倒的な破壊力殲滅力。自分がその力を得られるのであれば、いかなる努力も惜しまない。その力を持って、王女の役に立てるようになりたい。そう言って、彼は姫様に懇願したのだった。


 そして、大剣はあるべき場所に落ち着いた。


 しかし、その彼ですら、姫様から与えられた頃は、二、三振りしただけで息絶え絶えになるほどだった。その後、どれほどの時間、鍛錬をしたのだろうか。いつしか、手になじみ、自分の手足と同じように扱うことができるようになっていた。血豆を作り潰れ、ずるりと皮膚が剥げ落ち、さらにそこに血豆を作りまたそれを潰す。まさに血のにじむような鍛錬を続けて、やっと剣がランドルフを受け入れたのだろう。もちろん、彼に剣の才能もあったのだろうが、ランドルフとその大剣はどこかで波長があったのかもしれない。最初から運命づけられていたのかもしれない。そうでなければ、長きに渡って所有者が現れなかった、あんな化け物みたいな剣の所有者が決まるはずがなかったのだ。それまで、幾人のランドルフ以上の剣士は存在したのだから。 


 振り回すだけで突風が吹き、側を掠めるだけで皮膚は裂け、血が噴き出す。当たれば骨は砕け散る。大剣の権能とランドルフの剣術が合わさることで、まさに最強の剣士となるのだ。


 猛然と突進し、斬りかかるランドルフ。

 しかし、その攻撃をショーは、あっさりとかわす。紙一重でかわすと剣圧で皮膚が切り裂かれるから、わりと距離を置くように避けるが、明らかに剣撃は見切られている。しかし、それ以上の行動を彼はしない。まるで、時間調整をするかのように、本気で戦おうとしないようにさえ見える。

 何度斬りつけようとも、攻撃は当たらない。ただかわされるだけ。


「なぜだ……?」

 呻くようにランドルフが吠える。さすがに連続攻撃を続けたせいで息も切れ切れとなっている。明らかに焦りを感じながらも、それでも冷静さを失わず敵を観察するランドルフ。


「何のことだい? 」

 逆にまるで呼吸が乱れていないショーが笑顔で彼を見返す。


「何故、攻撃をしてこないのだ? 私の攻撃はすべて見切っているのだろう? 」


「油断させようとしたって駄目だよ。お前はまだ奥の手を隠しているかもしれないからね。そんな剣の直撃を受けたら、自分の世界にいるとはいえ、流石に不味いからね」

 そうやって答えるショー。

 その回答を聞いて、何か考え込むような素振りを見せるランドルフ。動きを止め、大剣を地面に突き刺す。そして、あえてなのか不明なものの、全く無防備な体勢になる。攻撃するならしてみろといった風にさえ見える。片膝をついて、考え込む。

 ショーは警戒するような素振りを見せ、むしろ、一歩距離を置く。


「まさか! 」

 はじけるように立ち上がるランドルフ。

「まさかまさか、貴様、謀ったのか! 」


「さすがランドルフだな。……こんな短時間でばれてしまったか」

 爛々とした瞳で睨む男に、ショーは呆れたような顔で微笑んだ。


「ただの時間稼ぎをしていたというのか」

ギリギリと歯ぎしりをする。


「俺の能力は、ただのハッタリ要素が大きいんだよな。お前が想像したような、そこまで凄まじいものじゃないんだよ。確かにこちら側の傷を回復させるけれど、敵であるお前の能力を落とすとはいっても限界があるんだ。もしそれが可能なら、さっさとお前を斃しているさ。……それはフェイクの能力さ。本来の能力はもっと別にある」

 そう言ってショーが笑う。

 その瞬間、はじかれたようにランドルフが後退した。何か危険なものを感知したように、無意識な反応のように見えた。そして、慌てて辺りを見回す。


「ま、まさか? 」

 再確認するように、何度も何度も辺りを見回す。

「……世界が縮んでいる、というのか」


「その通り……。俺の作る世界は、長く維持することはできないんだよ。確かに、自分に対して様々な有利になる効果が持続する魔法、スキル、アイテム効果を付与することができる。そして、逆に引き込んだ敵に対してもベクトルを逆にした負荷を与えることができる。上手くやれば、力関係をお逆転させることが可能だ。……でも、それは絶対的な力じゃない。あまりに差がありすぎると、逆転させることなんてできるわけないんだよ。当たり前だよな。俺とお前の関係がそうだといえる。肉弾戦であまりに差がありすぎる。俺の権能を持ってしても、俺以下にお前を引きずり下ろすことなんてできないさ。時間をかければ可能かもしれないけれど、お前を殺すまでこの力を維持することは、無理なんだよね」


「ならば……私に勝機があるということか」

縋るような思いを込めて、ランドルフが問いかける。


「もっと時間が早ければ……ね」

もったいぶってショーが言葉を止める。

「時間軸は固定され、運命は変更不可となったよ。もはや書き換え不能だ。俺の力で発動した世界は、一定時間だけ維持された後、消失することとなるんだ。つまり、そこに閉じ込められた物は永遠にどこかわからない場所に放置されることになるんだ。その後、それがどうなるか、俺も知らない。世界は閉塞し、空間は無となる」


「なー!! 俺をこの世界に閉じ込め、逃走するつもりか」

 髪の毛を逆立たせ、激高するランドルフ。

「剣を交え命のやりとりをしろ、この卑怯者め。こんな汚い手を使って私を斃してどうするのか。騎士としての誇りを失ったのか? ゲスが。こんな事、騎士としてあるまじき行為だぞ」


「……主君たる姫様を裏切った卑怯者が何を言おうとも、全然心に響かないよ」

 恐ろしいまでに冷たい声でショーが宣告する。


「許さん、許さん。許さんぞ、貴様。殺す殺す殺す殺す。貴様のような卑怯者を、私は許さん。認めない。巨人族のためにも、死ねない。負けない」

 吠えるランドルフ。

 しかし、言われた側は、覚めた瞳で彼を見つめるだけだ。

「時間が来たよ」

 それだけ言うと、ショーの姿は消失する。


「おい、……おい、待てよ。何処へ行ったんだ? 何処に逃げたんだ。俺と戦え。剣を取れくそったれ。ぐおんぐおん! クソクソクソ!! ここから出せ。サイクラーノシュが、我らが巨人族が、私を迎えに来るのだ。そして、王女を差し出す事で、私の大願は叶うのだ。こんなところで死んでたまるか。私の苦しみを誰が分かってくれるというのだ! 気が遠くなる時間耐えて耐えて耐え続け、忍び忍び忍び続け、……やっとの事で手に入れそうなチャンスなんだ。何でこんな事になるんだ。何でなんだ。神はいないというのか? 私がこれほど努力したというのに、誰もそれに気づくこと無く、こんなところで消えるというのか? 何故だどうしてだ何がいけない。うおおおおおおおおおおおお! 糞クソクソクソ」

 大剣を振り回し、見えない世界の壁を打ち破ろうと足掻く。藻掻く。

 

 しかし、そんな努力も空しく、世界は閉塞していく。世界がどんどん縮んでいき、形を失っていく。そして、暗黒がやって来た。

「く……何故、私がこんな目に遭わねばならぬ。私は常に正義の為に生きてきたというのに。……何が罪なのだ。神よ、何故こんな過酷な運命を私に科すというのですか? 」

 世界は完全な暗闇となる。

 何も見えず、音も無い世界。もはや生きているのか死んでいるのかさえ分からない。全感覚が消失したようだ。


 そして、完全な暗闇の中、やがてランドルフは思考することすら放棄するのだった。



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