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第28話 その深き深き怨嗟

「ゲボッ! 」

 ショーは、言葉を口に出そうとして咳き込む。意識せずに口から生暖かいものが流れ出ていくのを感じながら、自分の状況がかなり深刻であることを認識する。少し体を動かそうとするだけで激痛が走る。壁に叩きつけられたせいで、あちこちの骨が逝かれてしまっているようだ。

 しかし、今は自分の事よりも先に考えなければならないことがある。

 ショーは主の姿を探し求め、……そして見つけ、呻く。

「ラ、ランドルフ……」

 小柄な少女と向かい合うように立ち、大剣を王女に突きつけるようにした巨漢の騎士を。そして、全てを悟る。彼を襲った者が誰であるかを。

「何故、お前が」


「ランドルフよ。それはどういうつもりなのですか? 」

 眼前に突きつけられたままの剣を全く意に介さず、王女が問いかける。剣は王女の頬に触れた状況になっている。


「……この状況でも落ち着いていますね、流石、我が主。……否、主だった人というべきでしょうか」

 蔑むような瞳で王女を見たままだ。


「ショー……、あなたは大丈夫ですか? 」

 そんな部下の態度にも何ら反応を示さず、王女はもう一人の部下を気遣う。

 ショーは王女を心配させまいと必死に笑顔を作るが、上手くできたかどうかは疑問だった。


「奴の事を心配するよりも、自分の事を心配したらどうだ。王女、……いや、かつて世界の支配者だった王族の一人、マリオンよ」

 ランドルフの言葉を聞いた途端、今まで平静だった王女の瞳の色が変化した。


「私を名を呼んで良いのは兄様だけ。……お前ごときがその名を口にするとは、どういうつもり? 立場をわきまえなさい」

 珍しく感情を露わにし、王女が睨む。

 今の体になってしまってから、王女は感情の起伏が大きくなっているとショーは感じていた。自分というものを制御できなくなっているのではないかと心配になっていたのだ。それがこの状況でも出てしまっている。絶体絶命という状況なのに、むしろ挑発するような態度に出ている。


「それだよ、それ。王族の傲慢さがこんな状況でも出るものだ。……私は、それをずっと耐えて、お前に仕えてきた。だが、やっと解放されるのだよ」

剣を僅かに動かすと、王女の頬からプツプツと血が滲み出すが、彼女はランドルフを睨んだままで表情に変化を見せない。


「……私達を裏切るというわけね」

 あっさりと結論を口にする王女。


「その通りですよ、姫……いや、マリオン。滅び行くあなた達王族に味方する者はもういません。あなた達は、サイクラーノシュ民によって支配者としての地位を追われ、そして滅んでいくのだ」


「私達に見切りを付けて、次の力ある者にしっぽを振るというわけね」

 あざけるように話す王女。しかし、ランドルフはその挑発に全く反応しない。


「勝ち馬に乗る? ……そうあなたは思っているのですね。これはおかしい、おかしすぎる」

 そう言うと大声で笑う。


「ランドルフよ、何が可笑しいのか? 」


「私とあなたとの契約がある限り、私の運命はあなたと共にあることを今更忘れたのですか? あなたが死ねば、私も死ぬしかない運命。たとえ契約が解除できたとしても、やはり死しかない、永遠の虜囚にされている事をよもや忘れたというのですか」

 王女との契約を結んだ者は、生命力を王女から得られることとなる。王族の寿命はほぼ永遠と言われていることから、被契約者も永遠の命を得られることとなる。しかし、契約が解除となれば、当然ながら生命力の供給を得られなくなり、死を迎えることとなるのだ。

「契約下にあった私は永遠にあなたに逆らう事はできなかった。私の企みがあなたに知れたら、すぐに粛正をされるだろうからな。しかし、契約はとぎれた。私は死ぬことになるが、それでも私はあなたを裏切るのだ」


「……そう」

 王女は一言だけ呟く。何故か寂しげに聞こえる。


「何故、裏切ったかを問わないのですか? ずっとずっとあなたに忠誠を誓い、騎士ナンバー1の地位にいる私がどうして反旗を翻すかを」


「私の信頼を裏切ったと罵り、悔しがって欲しいとでも言うのかしら? 」

そう言いながら、冷め切った視線をかつての配下に向ける。


「当然でしょう。私は貴方に悔しがって欲しいのです。何でこんな奴を信じてしまったのか、と。罵り恨んで欲しいのです。私がこれまで耐え忍んで来た膨大な時間の代償として。自分の感情を殺し続け、偽りの笑顔を向けてきた苦しみの対価を!! 」


「お前が何を考え何をしようとしていたかなんて、なんとなくは分かっていたから、別に驚きもしないし、やはりそうなったか……って思う程度でしかないわ。いろいろ配慮したつもりだったけど、全然足りなかったみたいね。それだけ」


「何が分かる? あなたに何が分かるというのか! そんな簡単に私の苦しみを理解などされてたまるか。あなたには絶望して屈辱にのたうち回ってもらわないと駄目なんだ、絶対に。その上で、あなたの首をはねられれば最高なのに」

 怒気を全身から発しながらランドルフが叫ぶ。

「だがそこまでは認められていない。だから……あなたを殺すことができないかわりに、あなたは苦しまねばならない」


「お前達の一族に謝罪しろとでもいうのかしら? 私が滅ぼした、お前達の属する巨人の一族に対して? 」


「ハン! そこまで知っていながら、私達を自分の配下に取り込むなど……馬鹿な事をしたものだな。そして、おまえは停滞しっぺ返しを受けたわけだよ。何の罪もない我が一族・同胞を何の躊躇も無く皆殺しにした。しかし、私や他の巨人ではない、人間と巨人との間に生まれた亜種である私達は殺さなかった。純粋な巨人だけを殺し、混ざり者の私達はお前の奴隷とされた。それがどれほどの屈辱か、お前には分かるまい。どうせなら巨人として殺されたかった。しかし、お前はそのチャンスを奪い、それどころか混ざり者の子として奴隷の身分を私達に与えた。この屈辱がどれほどの者か! 思い知るがいい。その罪を反省するがいい。後悔するがいい。その恨み、復讐をなしたところで消えるものではない。けれど、そうしなければみんなが救われない。せめて、誇らしき巨人族の為に私達が働いたというカタチだけを残せれば、それだけで少しは救われる。どうせ、私も救われないのだ。お前が絶望し、王の地位を失って、初めて復讐が完成するのだ。それが今なのだよ。がっはっはっはっは!」


「あの時、巨人族が為した行いが罪かどうかは、議論したところでもう済んだこと。そんな議論は無意味だわ。けれど、あなた達の想いは分かったわ。あの時、幼いお前達を殺さなかった事が私の失策と思えば、お前達の魂も救われるのでしょうね。そうであるなら、そうしなさい。そう思いなさい。……それで私は構わないわ。その想いを胸に死んでいきなさい。どちらにしても、私達の敗色は濃厚。何をどうしたところで、単なる延命措置でしかないのですから。かつての部下の力で幕引きとなるのなら、それはそれでいいのかもしれないわ」

 哀れむような瞳で、王女はランドルフを見つめた。


「クソッ、さすがですね。悔しいですが、この程度ではあなたの心は揺るぎませんか……。流石、名だたる王族の方々の中でも最高位に位置するお方。そこだけは評価します。人を見る目がもう少しマシならよかったんでしょうけれど。……しかし、そんな強がりもサイクラーノシュ民がここに来るまでの間です。彼らが来た時、あなたは本当の恐怖を知ることになるでしょうからね」

 諦めと勝算と、哀れみの入り交じったような表情を浮かべ、ランドルフは王女を見つめた。

「さて、そうなるかしらね」

 王女も強気を消さない。


「少し時間があります。少し余興をあなたに楽しんで貰いましょうか」

 そう言うと王女から剣を引き、ランドルフはショーを振り返る。

「あなたの大切な部下……ショーを、あなたの目の前で生きたまま解体してあげます」

と、ニヤリと残虐な笑みを浮かべる。


 一瞬だけ王女の瞳に恐怖が浮かんだが、すぐにそれは消え去る。


「ショーよ、済まないな。だいぶ苦しむことになるが、できる限り耐えてくれ。それが私とお前の友情の証になるのだからな。悲鳴を上げるのは大歓迎だぞ」

 生死を共にして戦ってきたはずの仲間と思えないような言葉を発しながら、巨体がショーへと近づいてくる。


「ぐぐ、そりゃ、切ない話だな、ランドルフ。そんな男だと思わなかったぞ」

声を出すのも苦しい状況がありありと分かる。ショーは体を思うように動かすことすらできない。


「友として丁重に扱ってやるさ」

 そういうと剣を床に突き立て、自らの腰に手を回したランドルフが次の刹那手にしていたのは二本の鋭利なナイフだった。ニヤリと笑う。


「そりゃ嬉しいな。お前がそんな気持ちで来てくれるのなら……」


「そんな体でどうやって反撃するんだ、ショーよ」

 言葉を遮るように、ランドルフがショーの襟首を掴んだ。


「俺も手加減しないで済むってことだよ」

 そう言うとショーはニヤリと笑う。


 次の刹那、世界が暗転する。

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