第26話 帝都
部屋を出る時には、いつもの凛々しい王女に戻っていた。
完全に気持ちを切替え、これからの戦いに挑む準備を終えている。しかし、そのか細い体には一体どれほどの想いを抱えているのだろうか。そんなことを考えてみる。
「では、出発いたします」
王女が通称モグラと呼ばれる乗り物の席に腰掛けるのを確認すると、ランドドルフが問いかける。
静かに頷いた王女を確認すると、ランドルフは指示をする。
「これより発進する。このモグラで進めるところまで行き、警備が厳しくなる付近からは徒歩による行軍となる。皆、気を引き締めていくぞ。我々の命は多くの同胞の犠牲の下にあるのだから。絶対に失敗は許されない」
決意表明とも言える彼の言葉に、7名の生き残った王女の眷属達が頷く。
光学迷彩を展開し、夜の荒野を疾走するモグラ。
気象情報を事前に確認し、広範囲に発生した砂嵐を利用しながら移動していく。
嵐を抜けると大幅に速度を落として進むことになる。光学迷彩のおかげで視認されることはないが、移動中の音については消すことができないからである。極力移動音を出さないようにしている車両ではあるものの、近くに誰かがいたら気づかないわけではない。よって、砂嵐を抜けてからの移動は夜間のみとなる。
夜の街道を行く者の姿は無い。そして、既に王族とサイクラーノシュの戦いは大勢が決していることが影響しているのか、帝都スーリアまでの警戒ですら、王女達の予想以上に緩くなっているようだ。
帝都スーリアからさほど離れていない場所に来るまでの間、サイクラーノシュの姿は勿論、哨戒する巨人さえ見かける事がなかった。各地からの荷物を搬入する商人の隊列を見かける程度だった。
余計な戦闘を避けることができた事を喜ぶべきなのだろうが、警戒すら不必要と判断されるまで勝敗は決している現実をまざまざと見せつけられ、ショックの方が大きかった。
そして、王女たちは帝都から数キロ離れた森の中にモグラを隠すと、そこから徒歩で帝都へと向かうこととなった。
「こんな格好をさせて申し訳ありません、姫様。しばらくの間、窮屈ですがこの中でご辛抱願います」
王女に薄汚れたフード付きマントを着た王女にランドルフは頭を下げる。
王女は奴隷商人によって売りさばかれる【少女】となり帝都へと行くこととなるのだ。そのため、先ほどまで来ていた豪奢なドレスを脱ぎ、薄汚れた質素な服に着替え、その上からフード付きマントを被って木製の檻に入れられる。同様に美しい髪や顔、腕や足にも泥を付着させられている。靴は履かされて折らず、裸足だ。
たとえ帝都に侵入するために偽装とはいえ、絶対的主君である王女を性的奴隷扱いするなど、ありえない冒涜であることを皆が理解している。そして、王女がその扱いに耐えられないのではなかと言う危惧も抱いていた。
「私は全然気にしていません。そんなことよりも、あなた達はあなた達の使命に集中しなさい」
と、王女は兵士達に優しく声をかける。
その言葉に騎士達は辛そうな表情で頷くだけだ。
そして、ショーは王女と同じく、人間奴隷役ということで手錠をはめら、馬車にロープで繋がれて裸足で歩かされることとなる。
ランドルフ以下6名の屈強な騎士は、奴隷商人の変装をしている。知らぬ者が見れば、帝都の奴隷市に行く巨人族の商人といった感じに見えるだろう。武器については、ショーの能力により実体化させた馬車の荷台に隠している。
帝都入り口の門では、偽造した通行証見せるだけでとりたてて確認もされることなく、上手く帝都に侵入することができた。そして、彼らは、まずは宿屋に行くことにする。昼間の行動は怪しまれるので行動は夜ということになる。
夜までは作戦の再確認と、装備の再点検に集中する。
そして、夜がやってきた……。
装備を調えた彼らは宿屋を密かに抜け出し、闇に紛れて遺跡へと向かう。
王族の統治時代から歴史記念館兼自然公園的な扱いだった遺跡。そもそも、王族と関わりがあるかさえ明かされていなかった上に、王族も重要視していなかったためにサイクラーノシュや巨人族も興味を示さなかったのかもしれない。このため警備も帝都以上に手薄となっている。時折見かける警備兵をやり過ごすだけで、あっさりと内部に入り込むことができた。
石積みの楕円錐形をし、四辺の角を丸くした階段状のピラミッドのような遺跡だ。なだらかなスロープを持つ形状が月明かりに照らされ、優美さを感じさせる。
上部にある入口への階段が東面と西面に付けられている。遺跡内部に入るためには、高さ50メートル近い階段を上りきらなければ入口に到達することはできない。
ランドルフが王女を恭しく抱き上げると、階段を駆け上がる。それに他の者も続く。最上段に上ると、下へと下っていく階段がある。
「ここで止まって頂戴」
彼らが少し進むと王女が声を発する。
すぐにランドルフは王女を階段へと降ろす。彼女はつるつるに磨き上げられた影を両手で探るようになぞる。
「ここね……」
王女はそういうと、何か聞き取れない言語を発する。呼応するように壁面から異音が生じ、縦2m横2m程度の大きさで亀裂が入り、前へとせり出し、一度停止すると、今度は横開きの扉のように動いた。
そこには通路が現れている。
「姫様、これは? 」
「これは王族のみが知る通路への入口よ。ここを行かなければ、目的地にはたどり着けない」
と、王女はランドルフの問いに答える。
騎士達は通路の中に入ると、その扉を閉じた。
「ここに一名残します。……リドルフォート、ここの護りを任せていいか? 」
「了解した」
騎士が答える。敵がもし来た場合、ここを死守する……否、時間稼ぎをする最初の役割だ。
「これを持っておいてくれ」
そう言ってランドルフが手のひらに載る程度の四角い箱を渡す。
「最悪はこれを使用すればよろしいのですね」
リドルフォードの問いに、ランドルフは頷く。
「そうだ、この通路くらいなら埋める程度の爆発を起こせるだろう」
彼が手渡したのは爆発物ということだった。このエリアの通路を埋めるだけの破壊をもたらす程度の……。
「では、姫様。参りましょう」
そう言うと、ランドルフは再び王女を抱き上げる。
「リドルフォード……」
「何だ、ランドルフ? 」
「先に行っておいてくれ。俺たちもじきにお前の所に行くから」
「うむ」
騎士達は頷きあった。
目的を果たした後の再会を誓って……。