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部屋の外から高めのビープ音が唐突に三回鳴り響いた。
「む! 敵襲か? 」
緊張した声を発し、険しい視線を室外へと走らすランドルフ。
異常事態の発生と判断し、臨戦態勢に入る。
その場にいた他の騎士達にも緊張が走る!
「だ、大丈夫だよ。あれは培養器のアラーム音だから」
慌ててショーが否定する。
「なんだと? それは、つまり……」
「うん、そうだよ。姫様がまもなく目覚めるってことだよ」
そう言ってショーは微笑んだ。
一斉に騎士達の顔から喜びの色が弾ける。喜びと、また張り詰めた緊張が弛緩したためか思わず声を上げてしまう者さえいた。
「そうか、そうか……ついに、ついに姫様がお目覚めになられるのか」
騎士団長の涙声には喜びだけでなく、困惑が少し混じっているように聞こえる。
すぐさまそのちょっとした変化に気付いたショーが問いかける。
「どうしたんだい? なんだか浮かない顔をしているけど。……姫様が意識を取り戻しそうなんだぜ、もうちょっと嬉しそうにしたっていいんじゃないの」
「それはそのとおりなのだが……。勿論、姫の回復は喜ばしいことだ。我等にとって、待ち望んだ事なのだから……。だが、私には姫に全てを話さねばならないことがある。それを思い出してしまって、その事に対し少し億劫になっただけだ。……姫が不在の間の、私の決断が正しかったのか。そして、それを姫がお許しになるか」
「……いろいろ考えても仕方ないじゃん。兎に角、姫様は復活したんだ。俺たちの希望の炎は消えちゃいないってことだけは事実なんだからさ。何もかも姫様に話せば、きっと分かってくれるよ」
「そうだろうか……」
と、ランドルフ。
「多分ね。保証はできないけど。でも、済んでしまったことをとやかくい言ったってどうにもならない事だけは間違いないでしょ。与えられた条件のなかで、ランドルフは最良の選択をしたんだ。あとはなるようにしかならないよ。それに、俺はランドルフの選択は間違っていないって思っているよ。」
「ははは、そうだな。お前の言うとおりだ。悩んでも仕方が無い。結局のところ、なるようにしかならないってことだな」
気持ちを切り替えたのか、ランドルフの顔から迷いが消えた。ショーに頷くと王女の入った培養器のある部屋へと早足で歩き出した。
当然、ショー、そしてフィリップもそれに続く。
培養器の置かれた部屋に騎士達が集まる。
生き残ることとなった、7人の騎士達だ。
彼ら全てはどれもが精悍な顔つきをした、そして皆が2メートルを越えるような長身で、さらにその体は屈強な筋肉で覆われているのが鎧越しにさえも分かる。
彼らは、巨人族のように3メートル近い巨体では無いが、それでも人間としては、かなり大きい部類に入る。そしてその鍛え上げられた分厚い肉体は造形美とも言える美しささえ誇っている。
そんな存在がショーを除いて6人も並ぶとかなり圧巻といえる。
そして、彼らはその巨体だけではなく、内面からわき出すような圧倒的な威圧感・戦闘力が全身からオーラのように溢れだしている。
「説明をしていなくてごめん。さっきの音は姫様の目覚めが近いことを知らすためのアラームだったんだよ」
早速、騎士達にショーが説明を始めた。
「まもなく、姫様が目覚める」
一瞬の沈黙の後、騎士達に希望の光が差し込んだように見えた。
「そうか、ついに姫が」
「わが主が復活されたのか!」
「おおお」
皆が押さえていた感情を吐露した。
これまで陰鬱に停滞していたこの場の空気が、一気にかき消されたようにさえ思えた。
王女の復活が彼らに希望の光を与えたかのようだ。
―――ただ一人、フィリップだった男を除いてだが。
彼だけが表面上は喜びの表情を見せながらも、何か計算するような値踏みするような、恐ろしく冷めた視線で王女の入った培養器をそして騎士達を見ていた。
培養液の中の眠り姫の、驚くほど白い指先が震えるように動いた。
そして、それまでは微動だにしなかった体が呼吸をするかのような動きを見せ始める。
「うん……。再生はうまくできたようだよ」
さまざまなデータが映し出されたディスプレイを見ながら、ショーが声を発する。
「体の再生率は98パーセント以上。うん、これなら問題なし」
王女の一挙手一投足に騎士達は反応し、喜びの声を上げた。
まるで新しい命の誕生を見ているかのようだ……。
「あとは、目覚めを待つだけだ」
言いながらショーはキーボードをめまぐるしい速度で叩く。
それにあわせるように、培養器が反応するような音をたてる。
やがて、王女の瞼が痙攣したような動きを見せたと思うと、ゆっくりとその瞼が開き始めた。
ついに、王女の瞳が開かれた。
蒼白く輝く瞳。
歓声が上がる。
彼女は、微かに首を振ったと思うと、空ろな瞳で培養液の中からその外側を見つめる。
緑色の液体の中でもその瞳の蒼さがよく分かる。高貴で慈愛に満ちた瞳。
外に立つ騎士達をひとりひとり確認するように見つめるように感じられた。
ショーが機器のパネルを操作する。
「培養液を排出し、外気を取り入れるよ」
容器を満たしていた液体がゆっくりと排出されていく。
そして完全に液体が排出されると、蒸気が吹き出るような音がし、ゆっくりとその容器の扉が開き始める。
ショーが慌ててどこかに行ったかと思うと、大きなタオルを手にして帰ってきた。
扉が完全に開いた培養器の中で小さな少女がゆっくり立ち上がり、よろめきそうになりながらもゆっくりとその身を容器の外へと現す。
まだ幼いその体は、か細く弱弱しく、ちょっとした衝撃で壊れてしまいそうなくらい華奢で頼りなかった。
培養液で濡れそぼったゴールデンブロンドの長いつややかな髪の毛、そして強い意志を主張するようなその碧い大きな瞳だけが、その姿がかつての王族の皇位継承第三順位の王女であることを示す証だった。それ以外は、本当にか弱い人間の少女にしか見えなかった。
とても千人の屈強な騎士を従え、戦場を駆けめぐり恐れられた王女であるとは思えない。
ゆえに―――。
それは、ある意味、無惨な姿だと言えた。
誰の目にも明らかなこと。
それは、この少女一人でサイクラノーシュと戦うことなど考えられないこと。
確かに体は小さくなってしまった。
しかし、それ以上に、その内に秘められたかつての王族の誇りや強大な力といったものが、すべてどこかに消え失せてしまったようにしか見えなかったのだ。
王女は復活した。しかし、それは王女という存在のみが復活しただけでしかないように思えた。
もはや敗北は決定的であることが騎士達にとって明かだった。
喜びと失望、あきらめと希望が入り交じった視線を感じた王女は、怯えたような顔でかつての配下の騎士達を見た。
さらには培養器の扉の陰に隠れようとさえした。
かつての王女なら自信にあふれたその瞳で騎士達を見つめ、威厳を持った声で命令しただろう。
しかし、彼女の今の姿からはそれが想像できない。
彼女は覚悟を決め、騎士達に何かを喋ろうとするが唇がわずかに震えるだけで、言葉にならない。
それは死から復活したことによる完全な再生が終了していない為なのか、それとも部下達に自分の弱さを見透かされたためなのかは分からなかった。
「姫様、まずはこれを」
ショーが王女に駆け寄って、大きなタオルを掛けた。
「あり、がとう」
小さな声で少女は言った。その声すらかつての王女の威厳と慈愛に溢れたものではなく、ほんの幼い子供の声のようにか弱いものだった。
「とりあえず培養液を洗い流し、お着替えください。皆が姫様のお言葉を待っています。そして今の状況やこれからのことをお話させてください」
王女の困惑と不安を感じ取ったショーが一端この状態をリセットすべく動いた。彼女の肩を抱くようにして部屋から出て行く。
不安げな騎士達を残し……。




