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考えなければならないことが、多々あった―――。
まずは、「異世界への門」があるとされる遺跡への経路をどう選定すべきか?
そこまでの移動手段をどうするか。
ここから遺跡までの距離はかなりある。
騎士たちだけで移動するのなら、それはさしたる問題ではないだろう。しかし、特に訓練を受けたわけでもない王女を、しかもあのような状態からの再生後すぐの、体の再生状況がまだ不安定な状態の彼女に徒歩による長距離移動を強いることはどう考えても不可能だった。仮に体力的に大丈夫であったとしても、その移動速度は騎士たちと比べればあまりにも遅い。王女のペースに合わせていたら遺跡に辿り着くまでに騎士たちの寿命が尽きてしまう。
よって、前に使用したモグラ(先端部にドリルを装備し、昆虫のケラのような6本の足で高速移動できる乗り物。地下もそのドリルとモグラのような2本の前足で土をかき出すことにより移動可能。そしてケラと同じく羽を持っていて少しの距離なら飛翔可能)を使って地上若しくは地下を移動しいけるところまで行くこととなった。
ただ、首都エリアともなると警備が厳重となり、サイクラノーシュの偽装解除の術式が施されていると当然のことながら考えられる。モグラの光学迷彩では、それを騙すことは不可能であるため、警戒エリア手前までしか移動できない。
それ以後の行程は徒歩で行くしかないが、その程度の距離ならば、なんとか騎士たちの寿命が訪れない時間内で収まる。
さらに、その後の遺跡への侵入および王女の脱出までの作戦についても議論がなされた。
騎士たちにとっては。片道の作戦。帰還を想定する必要ことのない決死の最後の戦いだった。しかし、誰もそれについては頓着していない。
すべては王女のため。
そのためにはいかなる代償でも払う覚悟は、はるか昔、王女と契約を結んだときから決めていたことだから……。
自分たちの命で、主君の無事が保てるのならば、これほど嬉しいことはない。
彼らは黙々と時間を惜しむように作業を進めていった。
残る時間は少ない。すべての作業を王女が目覚めるまでの間に行わなければならなかった。王女が目覚めればあとは一秒を惜しんでの行動となるからだ。
「しかし……」
不意にランドルフが溜息をついた。
「どうしたのですか、団長」
銀髪の騎士、リドルフォートが問いかける。彼もランドルフに負けずのがっしりとした巨体だ。見るまでもなく、残ることとなった騎士はショー以外の者はすべて巨体だった。
それは、ダンジョンにおける総力戦においては防御力が圧倒的に高く、力押しのできるパワータイプの騎士でなければならないというランドルフの決定だったが。
「作業は順調に進んでいる。ほぼ完了した状態だ。それについては満足なのだが」
「何か気にかかることでもあるのですか」
「……ああ。まだひとつだけやり残した仕事が残っている」
少し苦悩を浮かべた団長が呟く。
「それは何ですか_」
と、リドルフォート。
「姫様の事だね」
話を聞いていたショーが話に入ってくる。
日本人の小柄な少年を見て、ランドルフは頷いた。
「ショーの言うとおりだ。一番の難問がまだ残されている。それを考えると、どうしても憂鬱となってしまう。今は、そんなことを考えたりしている場合じゃないんだが」
「どういうことです? 姫には現状と今後の予定をお伝えするだけで良いのでは? 」
何をそんなに悩むのかといった口調で話すリドルフォートに、ショーが呆れたような顔をした。
「鈍感だなあ、リドルフォートは。目覚めたら騎士が半分に減っているんだよ。何があったか当然聞かれるよ。そしたらどう答えるんだよ? 姫様の回復を待つには、俺たちの寿命が足りなかった。だから、その時間を補うために半分には死んでもらったってことを伝えなきゃいけないんだよ」
「……当然、姫はお怒りになるだろう。勝手な判断をし、騎士を死なせた私を。うむ。それだけなら何の問題もない。私がその責めを負えばいいだけなのだから。それが騎士団長の私の使命なのだから。……だがそうは、ならない。姫様は必ず、自分を責めるだろう。これまでもそうだった。姫に何の落ち度がなくても、その結果については自分をお責めになっていた。それがもうずっと続いているんだ。姫の心がその責め苦にどこまで耐えられるか、ずっと心配している。
今回の件については、罠の可能性があると分かっていながら姫の意思により、彼女の兄と会うことになった。そしてその結果、兄の裏切りにより、姫様は瀕死、いや死と同等と状態になってしまった。その事実は、われらと姫の契約の失効を意味し、姫からの魔力供給を得られなくなった我々の死は確定した。
姫はまだ、その事実を知らない。
姫はなんとか助かった。しかし、我々騎士は全員助からないことをお伝えしなければならないのだ。我々にできることはただ一つ、我々騎士全員の命を対価として、異世界へとお逃げいただく。これを説明し納得していただかなければならないのだ」
「それは、……かなり厳しいです、姫の性格なら」
やっと理解したのか、うめく様に騎士が答えた。
「失敗を受け入れること。そして未来を見ること。姫様ならそれができるよ。……やってもらわないと時間がないんだから」
みんなを慰めるようにショーが答えた。
彼の言うとおりだった。本当に時間はないのだから。嘆いたり後悔したり、怒ったり、泣いたり、誰かを責めたり、自分を責めること。それは時間があるときならできることだ。しかし、今はそんなことに時間を割いている暇は無い。
そういったネガティブなことに時間を割いていても、何も解決はしないのだ。
「死は怖くない」
つぶやくようにリドルフォート。
「姫が無事であれば、我等の死は無駄じゃない」
「そのとおりだ。姫にはすべてを知ってもらう。そしてすべてを受け入れていただき、我々の想いをかなえていただくのだ。我等全員の命に代えて、姫だけはお護りするのだ」
ランドルフの言葉に皆が頷いた。
それは騎士全員の想いだった。