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-19-

足音がこちらに向かって来る……。


―――複数の足音。


甲冑の擦れるような音も混じっている。

他の騎士がこちらにやって来ているらしい。


「ふふん。さて、……と。うまく奴らを騙せるかな? 」

かつては【フィリップ】と呼ばれていた騎士は独りごち、ニヤリと笑った。

「バレたら戦いになる。数でも負けているし、あいつらみたいなのを相手にこの体では戦っても勝てる見込みはほとんどない。気合を入れて冷静に立ち回らないとだめだ。この場をうまく乗り切ってやらないと、次の宿主を見つけるチャンスがなくなってしまう。こんなところで死ぬなんてごめんだからな。なんとか次のステップへと進み、新しい手ごろな宿主を見つけて乗っ取らないと。そうでないと仮の宿主であるこいつも、そしてあえなく逝った人狼も浮かばれないからなあ。フフフ」


ドアがノックがされる。

フィリップが答えるとゆっくりと扉が開いていく。


巨漢の騎士と小さな人影が一緒に部屋に入ってきた。

騎士団長のランドルフとショーだった。


「おお、フィリップ。どうやら無事に儀式は終えたようだな」

壁に貼り付けになったまま息絶えた人狼の騎士と、とりあえずは無事であるもう一人の騎士を確認すると、とほっとした表情を浮かべるランドルフ。


「ええ、ちょっとランプレヒトの異常なまでの興奮状態がかなりの障害になって、なかなか儀式が進められませんでした。説得もなかなか受け入れてもらえなくて」

平静を保ちながらも、自分の努力についてフィリップがアピールする。


「確かにそうだな。……外へもお前たちの声が聞こえていたよ。私たちが入って行っても良かったんだが、お前なら彼を説得できるだろうし、彼もたとえ受け入れがたい現実だとしても、騎士としてきっと理解し、その運命を受け入れてくれるだろうと信じていた。よくがんばってくれたな」

騎士団長の言葉にショーも頷く。

褒められたはずのフィリップは、なんとも曖昧な笑みを浮かべるだけで、それ以上は語らなかった。

騎士たちの誇り、覚悟、美学といったものを現在、その中にあるものは理解できていないのだろうか。


「それにしても、……ランプレヒトは何であんなに取り乱していたんだろうね? 」

ショーがランプレヒトの遺体を不思議そうに見つめながら口走る。


「彼は彼なりに思うところがあったんだろうとしか言えない。自分の手で姫様をお守りしたかったのに、それができないことを嘆いていたからな。そこに、彼としてはどうしても譲れない何かがあったんだろう」


「うーん、まあそうなんだろけれどね。そりゃ誰だって死ぬのは嫌だ。でも以上に姫様を護るという大きな使命を他の誰かに任せなければいけないことは騎士としてとてつもなく辛い事だってことも分かるよ。そうはいっても、サイクラノーシュと巨人、そして人間しかいない遺跡の街にランプレヒトみたいな人狼が現れたんじゃあ、誰が考えたって大騒ぎになるって分かるはずなんだけど。今回の行動は最高レベルの隠密行動を取らなきゃなんないっていうのに、どれほどそれがリスキーなのか、理解できないはずがないのに。そんな分かりきった現実を示されても拒否したくなるなんて。そこにどれほどの理由があったんだろう。俺たちが知らない何かの事情があったのかなあ」

哀れみの目で鎖で壁に拘束された友を見るショー。

しかし、彼の疑問には誰も答えることができなかった。

知らない者と知っているが言えない者の二者しか存在しなかったからだ。


「とにかく、このままじゃあんまりにも可哀相だよな」

そう言うと、ショーはどこからか鍵を取りだし、人狼を拘束していた両腕の戒めを解く。

両腕の拘束具が外された刹那、その重みで人狼は倒れ込む。

慌てて人狼を支えようとするが、その重さを支えることなどショーの力でできるはずもなく、あえなく押しつぶされそうになる。


「大丈夫か! 」

駆け寄ったランドルフになんとか助けられた。


「ひやあっ、ありがとう。助かったよ」


「ランプレヒトの巨体をショーのような人間が支えられるはずがないだろう? 一声掛ければよかったのに。……まあ、何事もなくて良かったが」

騎士団長は人狼の体を仰向けに床へと横たえる。


ショーはすぐさま人狼の足下に回り込み、彼の足の拘束具の鍵を外した。

そしてランプレヒトの遺体に手を合わせる。

「安心してくれよ、おっさん。必ず姫様は俺たちが護ってみせるから。そして、必ずこの世界から無事に逃がせて見せるから」


「そうだ。命を我々に託した仲間の為に、いや、これまでの戦いで散っていった仲間の為にも、必ず姫を安全な所へ送り届けなければならないのだ。我々の使命は重い。そして、これから先の行程がどれほど過酷かは想像もできない。……だが、我々はなさねばならないのだから」

ランドルフの言葉にみんなが思いを重ねていた。


そして、ランプレヒトという名の人狼がどのような想いを持っていたか、生を全うしていたらどんな事を成していたか、そしてそれが何のためになされる予定だったか……それを知るものは、もはやいない。


また、そこに立つ、フィリップという騎士は、肉体こそかつての彼のものではあるが、その中身はすでに彼の者ではないことを知るものも存在しない。


――――――


その後、生き残ることとなった騎士たちは戦いの準備を始める。


彼らの目的地は、敵の本陣たる帝都スーリアに程近い遺跡だ。当然ながら警備はこんな辺境の地とは比較にならないほど厳しいものとなる。そして敵の数もだ。


そんな真っ只中に、明らかな敵である王族の眷属である騎士の格好をしていた者が近づけば、あっというまに察知され包囲殲滅されるだろう。

これこそ、まさに愚の骨頂である。

それを避けるため、敵に悟られることなく敵の陣中に入り込めるようにする必要があった。それには、サイクラノーシュの側にいる人間の装備、および通行証を入手する必要があった。人間の部隊を襲って奪うという方法が一番手っ取り早いのだが、すでに戦局は終末と向かっている中、そうそう戦闘は発生していない。そんな中、人間の部隊が襲われ武器防具を奪われた事件が発生したとしたら、それは明らかにその装備を利用して侵入を図ろうとしていると感づかれてしまうだろう。

しかし、その問題点については、すぐに解決した。

敵側の人間の装備の画像を入手していたショーが、彼の【具現化の術式】の応用により、既存の武器防具を擬装化させることにより、そのまま使用できるようにすることにより解消した。通行証についても同様の術式で解決させた(これはほとんど偽造といってもいい手作業だったが)。


しかし、もうひとつの問題点があった。


生き残った騎士たちは王女の騎士の中でも最精鋭のメンバーばかり(戦闘能力でいうところのいわゆるシングルナンバー騎士。ショーは除く)であったため、彼らのは敵側に知られている可能性が非常に高かった。このため、これもショーの作り出したアイテムにより解決した。皮膚に限りなく近い材質のそれは、顔に当てることにより被偽装者の意識した顔を創出しそれを本人の顔に貼り付けるというものだった。

これら二つのショーの術式による偽装は、サイクラノーシュたちが張り巡らせた偽装解除の術式に踏み込んだとしても発覚することはない強力なものだった。

彼らが使用していたモグラの光学迷彩などは、彼らの術式により瞬時で発覚してしまうのだが、装備偽装や顔の偽装はおよそすべて術式の中でもローテクに分類されるらしく、そうなるとサイクラノーシュの科学・魔術をもってしても見破ることはできないらしい。それほど、ショーという少年の魔術は特殊で異端で常識はずれのものだということだったのだ。


「これで俺が生き残ったひとつの理由を示すことができたよ。俺でも少しは役に立ってるんだな」

そう言ってショーが胸をなでおろしていた姿が印象的だった。


「もちろん、お前なしではこの作戦は成功しない。しかし、お前だけじゃない。今残ったメンバーすべてがこれからの戦いに必要不可欠の存在なんだよ。だからこそ残ることとなったのだ。誰一人かけては作戦は成功しない。そして我々に失敗という言葉は許されない、ありえないのだ。……すべての仲間のためにも、な」

ランドルフはショーの肩を叩く。

ショーもその言葉に頷いた。


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