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騒ぎが収まると、騎士達は二人ずつになり部屋を出て行く……。


それは自らの命を預け死んでゆく者と、その者の想いを引継ぎ生き残る者のペアだった。

皆、それぞれが重苦しい雰囲気を漂よわせたまま、しかし、この先に訪れることになる苛烈な現実、核心に触れる言葉を誰も発することがなかった。

いや、発することができなかったんだろう。


そう、……今から命の授受の儀式が執り行われるんだ。

共に生き共に戦った、そして今後も共にあるはずだった運命の半分が終わりを告げることになる。


そして―――。


先ほどまで混乱の極みにあり、半狂乱なった人狼ランプレヒトは、身に付けていた甲冑を外されていた。さらには両手両足を鎖で壁に繋がれ、膝をついた姿勢で拘束されていたのだ。

気を失った彼は、他の騎士によってこの部屋まで運ばれ、鎖により自由を奪われたのだった。


今は意識を取り戻し、どうやら落ち着きを取り戻しているようだ。

そして、彼の命を譲り受けることで生き残ることとなった騎士と二人きりになっている。


天上からぶら下がった、薄汚れたオイルランプの弱々しい光が辺りを照らしている。


「ランプレヒト、大丈夫かい? 」

恐る恐るといった感じで騎士が問いかける。


「あう、ううむ……済まない。……フィリップ。安心してくれ、もう大丈夫だ。もう先ほどのように取り乱して暴れるようなことはないから。すまないが、この鎖を外してくれないだろうか」

と、懇願するような目で訴える。

両手を動かそうとするが、鎖でしっかりと壁に繋がれているため、自由がきかない。両足も同様だ。


彼を見つめる騎士の瞳に迷いが生じているのは明らかだった。


お互い共に死線をくぐり抜けてきた仲間。

誇り高き騎士。

それがまるで罪人のように鎖で拘束されている。これほど屈辱的なことはないのではないか。自分なら耐えられないだろう。その想いが彼の迷いの原因だ。


何気なくランプレヒトが身体を動かすと、がちゃがちゃと鎖が擦れて大きな音を立てた。


「ひっ! いや、いや待て。駄目だ駄目だ」

躊躇していた気持ちが鎖の擦れる音で吹き飛ばされたらしい。

少し怯えたような目で人狼を見るフィリップ。どうやら結論が出たようだ。

「……済まない。その拘束具を取り外して上げたいのはやまやまなんだけど、騎士団長からも強く言われているんだ。あなたを鎖から外してはならない、と。そのことがあなたのような数々の武勲を立てた誇り高き騎士に対してどれほど失礼な事であり、あなたがとてつもない屈辱を感じているのは痛いほど分かるんだけれど、儀式はこのまま始めさせてもらうしかないんだ……」

彼の中で目の前の人狼の騎士としての誇りを優先させるかと、自らの身の安全とが計りにかけられていたんだ。


「どうしてだ? なぜ私を恐れる? 何を恐れることがあるというのだ。なぜ、私の言葉を信じてくれないのだ」


「それは、あなたの強さを百も承知だからだよ。そして、あなたの心の中に潜む脆さもね。だから恐ろしいんだ。正直に言うよ、怖いんだよ。もし、……万が一にでもさっきみたいに、あなたが我を忘れるような行動を取るような事態が起こったなら、俺の力では防ぎきれない。あなたと戦って勝てる見込みなんて、これまでの経験から考えてもあまり無さそうだ。この気持ちを妄想と笑ってくれたって構わない。でも選ばれた俺は、ここで戦わずして死ぬわけにはいかないんだから。なんとしても姫様をお守りしなければならないんだよ。そして死ぬときは敵と戦って息絶える時のみ。だから味方に殺されるわけにはいかない」

人狼のランプレヒトの身体は確かに大きく、全身が筋肉の塊のようにさえ見える。しかし、フィリップと呼ばれた騎士も体格では人狼に決して負けていないし、むしろ彼のその腕や足はランプレヒトを上回っているようにさえ見える。

それでも彼は理解しているんだろう。人狼が自分より強い事を。


「何を言うのだ。だからこそ、そんなことするわけがない。我らの目的はただ一つ。姫様をお守りすることだ。ランドルフはそのために最善の選択をしたのだ。私もそれに従うしかない。お前の代わりに生き残ったとしても、姫様のお供をすることはできないことは分かっている」

そう言って大きく頭を振る。


「でも、先ほどのあなたの瞳は、あの狂気は本気だったよ。明らかに魂まで人外のものになりかけていた。こんな事を言ってはならないとは思うが、その瞳はもはや人の物とは思えなかった」

フィリップは、もはやその怯えを隠そうともせずに言う。


「私が仮に君を殺して生き残ったところで、姫のお側にはいられないし、許されないだろう。姫を護れないのなら、私など生きている価値がない。……信じてくれ。私の命をお前に譲る。それは決定事項だし、私も納得している。しかし、だがしかし、こんな屈辱的な格好で私は死ななければならないのか。まるで罪人のような処遇のままで死なねばならないのか。……私の、騎士としての誇りは認められないというのか? 同じ主君に使える騎士であるお前なら分からないはずがないだろう? 」

その瞳は真剣そのもので、相対する騎士も僅かに躊躇する。


「すまない、許してくれ。……騎士団長からの命なんだ」

本当に苦しそうな顔で人狼から眼を逸らす騎士。

「これ以上の会話はもうやめてくれ。駄目だ駄目だ、もう耐えられない。これ以上は駄目だ。もう話は聞かないよ。俺の気持ちが揺らいでしまう。……儀式を始めさせてもらうぞ」

迷いを断ち切るように宣言する。


「駄目だ、このまま始めるんじゃない。俺の束縛を解いてくれ。頼む、解くんだ!! 」

そう言うと必死になって腕を動かす。

そのたびに頑丈そうな鎖が大きな音を立て、繋がれた壁が振動する。

壁が崩壊するか鎖が引き千切られるか、どちらにしてもそれはそう遠くない未来のように思える。


―――あまり保たないかもしれない。

恐怖を感じたのか、フィリップは呪文らしき言葉を唱え始める。焦りの為か詠唱がうまく唱えられない。

それでも、その詠唱に呼応するように彼の右手が光を放ちはじめる。


その光に呼応するように、人狼の胸の中央部分が突如、青白く発光する。


「ぐぬぬぬぬうおお! 」

唐突に、苦しみか痛みか分からないけれども、ランプレヒトが顔を歪めて苦しみ始める。

人狼の身体の中心に現れた青い光の球は、ぶるぶると振動を始める。その揺れは最初はゆっくりと小さなものだった。しかし次第にその振幅は大きくなっていく。

ついには右手を差し出し詠唱を続けるフィリップの方へと引き寄せられるかのように、それはゆっくりと動きだしたのだ。


この光が、命の、魂というものが具現化したものなのか?


「ぐっげ、や、めろ、やめてくれ。頼むから私の束縛を解いてくれ、何で分かってくれない……んだ」

白目を剥きながら、急速に遠のいていく意識の中で必死に叫ぶランプレヒト。しかし、それは叫びとはならず、口を大きく開け涎だけがダラダラと垂れ落ちていく。

「あう、あう、あう」

突然、彼が目をさらに大きく見開き、必死の形相になって呻く。死にものぐるいで身体を捻り藻掻き、必死で動こうとする。そして何かを話そうとする。訴えようとする。

しかし、無情にも彼の束縛を外すことはできなかった。


逆にその異様な姿に恐怖すら感じたフィリップは、さらに儀式を急がせる。もはや彼の表情にも余裕なんてものは無く、必死の形相になっている。

両手を伸ばし、ランプレヒトの体内からゆっくりと動いてくる光の球に手を差し出す。


「おお、……これが魂の具現なのか」

恐怖し動揺しながらも、その光に魅入られてしまうフィリップ。

興奮恍惚状態にある彼には危機察知能力が著しく減退している。


「い、かん。あ、ぶ、ない」

眼を剥いて必死の形相でランプレヒトがなんとか発した言葉は、それだけだった。


「何が危ないんだよ。俺には全く分からない。だけど、大丈夫。安心してくれ。君の意志は俺が引き継ぐ。必ず、姫をお守りする。だから、安心してくれ、無理をするな。力を抜いてくれ」

臨死状態になり幻覚を見ているのだろうと思ったらしく、フィリップは諭すような口調で語りかける。

儀式も終盤となり、彼の心にも余裕が生まれているようだ。


しかし、彼は気付いていなかった。

恐らく、普段なら気付くはずの変化、危険の兆候なのだが、初めての儀式で高揚していた彼は気付けなかった。


天上のランプに照らされてランプレヒトの身体から伸びた影がにいつの間にか変化が生じていたのだ。

それは光の方向をまるで無視した方向へ伸びていたのだ。光の向きからあり得ない方向へと曲がり、光を背にしているはずのフィリップの側へと伸びている。

そして、その影の中から、ぬうっと何かが這いだしてきた。

その形はいくつもの節が繋がった、細長い尻尾のようなものだった。恐るべき事にその尻尾の先端は少し膨らみ、鋭く尖った針のような形状をしたものが付いていた。


――それは、まるでサソリの尾だ。


色が緑色であり、よく見ると頼りなげな形であることを除けばそれはサソリの尾に見えた。

尾はフィリップの背後で鎌首をあげ、その高さは彼と変わらぬ程度となっていた。


「ふぃり、ぷ、あぶ」

なんとか背後の異常を知らせようとするランプレヒト。唾を飛ばし眼球は飛び出さんばかりだ。狂ったように身体を捻らせる。


「ななな、なあっ! う、ひゃあ」

その迫力に押され、逆に儀式を急いでしまうフィリップ。


何かを叫ぼうとするが、もはや声にならない。

ランプレヒトの警告をあざ笑うかのように、鎌首を上げた尾が高速で動き、フィリップの首、甲冑で覆われていない肌が露出した部分に、ズブリとその先端の針を突き立てる。


「うぐああああああああああああああああああああ」

絶叫が響く。

猛烈な痛みが彼の身体を突き抜けたのか? 

自分の身に起こった異常に気付いた騎士は背後を振り返り、自分の身体に打ち込まれた尾に気付くと、懸命になりそれを掴み引き抜こうとする。

しかし、その突き立てられたものは抜けない。針には返しでも付いているのか? 

彼はただただ藻掻くだけだ。そして、彼の抵抗は次第に弱まっていくのが目に見えて分かる。

身体が小刻みに震えだし、苦しそうに呻くと尻尾を掴んでいた両手を離して今度は喉を押さえる。

それはまるで何か毒物を注入された獲物の動きに酷似していた。

彼は声にならない呻きを上げるだけでそのまま跪いてしまったかと思うと顔面から床に倒れていく。

受け身を取ることもなく。ゴン、と鈍い音がした。


「がっがっがっ、フィリップ! 」

人狼が何とか声を出した。

目の前で展開される事態に動揺し、恐怖しているのが分かる。


そして人狼の前で、新たな現象が起こる。


騎士に突き立てられた尾が彼から離れて影の中へと吸い込まれていくと同時に影の中から人型のものが浮き上がってきたのだ。


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