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「生き残っている我々15名のうち、半分の者には残りの者のためにその命を捨ててもらう。考えられる選択肢はそれしかない。……残された者は、仲間の犠牲によって与えられた命により、少なくとも残された時間が今の倍になるだろう。それにより、なんとか姫が回復された時にも生きていることができる」
ランドルフは呟く。
つまり、彼らは王女と契約が切れたことにより王女からの魔力供給が途絶え、いわゆる燃料切れとなり死ぬということ。
そして、騎士達が自分の命を他の騎士に与えられるということ。
その二つの現実を知った。
でも、……俺は思った。
仮に命のやりとりができるといっても、彼らに残された時間は「5日程度」って言っていなかったか? だとすると、仮に誰かから命をもらったとしても、それが5日程度増えるだけじゃないのか?
ショーの話では、王女が回復するには10日近く必要だって言ってた。
そうだとすると、どっちにしたって彼らに残された時間は、ほんの僅かしか無いじゃないか。
「もはや時間が無い。今すぐに残る者を決めなければならない。そして姫が回復された後の残り少ない時間にどう我々が動くかを決めておかなければならない。それが我らの最後の務めとなるわけだが」
「まず決めるべきことは、姫様をどうやって、安全な場所へ逃がすだよね。そして、場所方法それが決まれば、その目的の達成のために誰を生き残らせるかが決定できる」
「そうだな。とにかく、全員を集めなければならない。そして、今後どうすべきかを決定する」
ランドルフは騎士達を集めるために研究室を出て行った。
――――――――――――
騎士達の隠れ家の一室に15人の騎士達が集まっていた。
これが今生存している、王女の騎士団の全てなのだろう。
大きな円卓を囲むように椅子が並べられ、そこに騎士達が座っていた。
ランドルフ、クリストハルト、ラスムス、ランプレヒトが並んで座っている。
ショーは少し離れたところにいる。
見回すと王女の眷属たる騎士は、いろんな種族の寄り集まりのようだ。
人型の爬虫類のような体をした者や、背中に大きな翼(それは体とは繋がっておらず、宙に浮くように漂っている。しかも半透明)を持ったものもいる。
この世界は本当に映画や小説にあるファンタジーの世界に似ていると思う。
また、男ばかりではなく、女も二人いた。
彼らは、ランドルフの説明を聞き今後の方針を宣告されてもほとんど動揺することがなかった。
自分達の命が残り少ないこと、そして最良の選択をするためには誰かが犠牲にならなければならないということすでに考え、心の準備ができていたということか。
「お話は分かりました。では、私たちはこれからどこへ向かえばいいのですか? いえ、向かうというのですか」
人間の女性がランドルフに問う。小柄で銀髪の、騎士というよりは魔術師のように見える。
「私が思いついたのは二つしかない。一番安全と思われる隠れ家に姫をお連れし、そこでの潜伏生活をしつづけること……」
「しかし、ランドルフ殿。我らの命は姫様が回復されてから数日ともたないのでしょう? ならば、その後はどうされるのですか? 姫様お一人で潜伏生活をすることになるのではないですか」
と、龍の顔を持つレプティリアン・ヒューマノイドの騎士が反論する。
「アーべライン、まさにその通りだ。一つ目の提案はそこに大きな問題点がある。我々の命はもはや残り少ない。姫を隠れ家の一つに匿うことができたとしても、すぐに我らは姫を残して死ぬこととなる。その後のことは我々ではどうすることもできないのだ」
「ならば、姫様ともう一度契約を結びなおせば良いのではないですか? そうすれば、再び姫様から魔力供給を受けることができ、我らは再びお仕えすることができる」
先程の女の騎士が問う。
ランドルフは首を振った。
「それができるのなら、こんなことは言わないですむんだが。……一度、姫が殺されたことで、主君が亡くなったということで契約は終了している。新たに復活された姫と契約するということは新たな契約を意味する。……お前も知らぬわけではないだろう? 契約は生涯一度きり。例外はありえないし、その実例は存在しないことを。騎士は、二人の主君を得ることはできないということを」
「そ、それは」
改めて思い出さされたことにショックを受けたような表情を女は浮かべた。
「それに……万が一にも世界のどこかにそんな特例があり、我らが手に入れられたとしても、だ」
と、ランドルフは続ける。
「お前達も見たであろう? 姫の今の状態を。姫は死の淵からの生還の代償として、子供の姿となってしまっている。王族が下僕を得るために契約するのは一定の年齢に到達してからとなっている。姫の今のお体は契約に耐えうるレベルではないのだよ」
「た、確かに。そうですね、私たちに残された道は少ないということですか」
「そういうことだ。……話を続けていいだろうか」
騎士団長は全員を見る。
反論する者は無く、それぞれが頷く。レプティリアン・ヒューマノイドの騎士も頷いた。
「もう一つの方法は、姫を異世界へと逃がすというものだ」
ランドルフの言葉に、場がざわめく。
「異世界とはどういうことですか? 」
人間の騎士が問う。
「それはなんですか? そんなのがあるのですか」
女も疑問を思わず口にする。
ここでエルフのラスムスが立ち上がって話し始める。
「この世界だけが世界の全てだと諸君らは思っているかもしれない。だけど、世界はこの世界だけではないんです」
「確かに、そんな話は伝説で聞いたことはある。あることはあるが……」
騎士の一人が反論する。
「みんなも姫様から聞いたことがあるでしょう? この世界の向こう側に、こちらと同じ程度の大きさの世界が存在し、そこには同じように生物が存在していると。かつては王族の方々がそちらとこちらを行き来していたということも」
「それは聞いている。しかし、遥か昔に何らかの事情があって世界と世界を結ぶ通路が封鎖されたとか」
「その通りです。向こう側の世界の住人とこちらの王族との協議の結果、世界と世界を結ぶ通路は封印されました。双方による封印によって」
とラスムス。
「では、……もう行き来はできないのではないですか」
「いえ、王族でもごくごく一部の上位者は、その封印の影響を受けずに世界を行き来できるのだと前に姫様が仰っていました。そして、姫様もその封印の影響を受けない一人であることも」
エルフの騎士はさらに言葉を続ける。
「もちろん、封印は未だにその効力を持ち続けています。……ほんの一部の王族以外は結界を越えて向こうの世界へと行くことはできないでしょう。つまり、サイクラノーシュやその配下の者達が姫様を追うことは不可能だということなのです。もっとも安全な場所、それは異世界の地ということになります」
「だがしかし、それでは姫様は異世界に一人ということに……」
人狼の騎士が思わず席を立ち上がる。
ランドルフが右手で彼を制する。
「どちらにしても我らの残された時間は少ない。姫様にお仕えし、お守りすることはできないのだ。この世界のどこかの隠れ家で討伐者の来訪を恐れながら生きるより、追手の来ない異世界の方が安全だとは言えないかな」
「しかし、ランドルフ殿。異世界が安全だとは分からないのではないのか」
人狼が反論する。
「ランプレヒト、お前の言うことは確かに正しい。だが、我々に安全を確認することはできないのだ。しかし、一つだけ言えることは、異世界にはサイクラノーシュは存在しないということだ。ならば、姫の、王族の力があれば決して危険だとはいえないのではないか」
「だが、それはあくまで想像でしかない」
食い下がるランプレヒト。
「ランプレヒトのおっさん。たぶん、大丈夫だと思うよ」
と、今まで黙っていたショーが話に入ってきた。
「それはどういうことだ? 」
「みんなも知っているだろうけど、俺はこの世界の住人じゃない。全然違う世界からいきなり飛ばされてきたんだ……最初はこの世界がRPGゲームの世界みたいだったから過去に飛ばされたんじゃないかって思っていたんだよ。だけど、どう考えたって時間を移動するなんてあまりに非現実的すぎるよね。どちらかというと、空間を分断された異世界へ飛ばされたと考えたほうがしっくりくるって思っていたんだ。そして、異世界がそんなにいっぱいあるとは思えないから、多分、おそらく多分だけれど、姫様が言ってた異世界は俺が住んでいた世界だと思う。だったら、この世界より遥かに安全だと思うよ」
ショーが異世界から来ていたことを初めて知った。まあこの世界も異世界なんだけれど。
「お前がよその世界から来たというのは聞いていたし、その格好や言動からそれは嘘じゃないとは思っていた。しかし、あまり詳しく聞いたことが無かったな。……お前が姫と契約してそんなに時間が経たないうちにサイクラーノシュとの戦争になったからな。戦いに明け暮れ、そんなことを話す時間が無かった」
記憶を手繰り寄せるように騎士団長が話す。
「向こうの世界は本当に大丈夫なのか? 」
「俺がいた世界は人間しか存在しない世界だよ。他に知的生命は存在しない世界だ。だから、姫様がいきなり言っても目立つことはないし、すぐになじむことができると思う」
「だが、ショーよ。向こうの人間が姫に対して害意を、敵意を持たないという保証は無いだろう」
それでも人狼は食い下がる。
「心配性だなあ。安心してよ。姫様の能力があれば危険な目に遭う事も無いよ。向こうの人間は魔術なんかの特殊な能力なんて持っていないからね。仮に害悪を姫様に持ったとしても、敵うはずがないよ」
「納得できない。この世界に留まった方が姫にとっては安全に違いない。それに誰も知るものもいない世界へ姫一人を送るなんて、ありえない。私は異世界へ行くということには反対だ」
「どうしたのだ、ランプレヒトよ。お前が拘る気持ちも分からないではないが、私は姫様はこの世界に留まるべきではないと考える」
今まで黙っていたクリストハルトが口を開いた。
「どちらにせよ、姫様は一人で生きていかなければならないが、此方の世界にいる限りはサイクラーノシュの追っ手に怯えて暮らさなければならない。それだけでなく、同じ王族からも追われることとなる。万全の状態の姫様なら、それらを撃退できるかもしれないが、今の姫様の状況をお前もわからないわけではないだろう? 異界へと行けば、少なくともサイクラーノシュは近づくこともできないだろうし、王族も仮に追うものがいたとしてもほんの一部だろう。生き残るチャンスはある。それが分からないわけはないだろう? 」
「それは分かっている。だが……」
「議論を続けて皆が納得して結論を出すのが望ましいのだが、もはや我々に残された時間はない」
遮るようにランドルフが宣告する。
「結論は多数決で出す。ここで時間を使う余力はないのだ。いいな? 」
それは命令だった。
人狼は納得ができないといった感じだったが、反論したところで認められるような雰囲気ではなかった。
そして採決が行われ、王女を異世界へと逃がすという案が採択されたのだった。