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地下―――。


王女が殺害された、あの城から、モグラのような乗り物で一晩中走り続けてたどり着いたのは、森の中の小さな洞窟だった。


ここまでたどり着くには、道なき延々と続く荒れ果てた森の中を歩かなければならないため、絶好の隠れ家とも言えた。


逃走に使ったモグラは木々の枝でカモフラージュして隠してある。

常時光学迷彩を使うことはできないようだ。


ランドルフを筆頭とした騎士達は数百メートル地下の施設に待避していた。

それはいわゆるシェルターのようなもので、生活に必要な設備は全て揃っているようで、それだけでなく武器庫や研究施設の様なものも備えられていた。


この施設には、見た限り15人の騎士が確認できた。

つまり、これが王女配下の騎士の全員ということなんだろうか?


みんな、かつては白銀に輝いていたであろう鎧を纏っているが、それはどれもが傷つき汚れている。そしてそれを装着した者の顔は一様に憔悴している。全身から漂うその疲労感は、今回の主君の大事によるものだけでないことは明らかだった。

先の見えない未来への不安? 死の恐怖? 王女の安否への不安……。もちろんそれらは大きな要因であることは間違いないろうけど、何かが違う。

そう、生命力の明らかな減退が彼ら全員から感じ取れるのだった。

彼らは王女の遺体が運び込まれた研究室の隣の部屋で、活発に動くこともなく、それぞれが置いてある椅子やソファーにもたれ込み、疲れ切ったような顔をして目を閉じている。

会話もほとんど無い。


まるでエネルギーの消費を極力抑えようとしているように、不要な動きはやめているようにさえ見える。

動いているのはランドルフと、研究室にいるショーくらいだった。


二人とも、一睡もしていない。


あの惨劇の城から王女の遺体を透明な円筒形の容器に入れて持ち帰るなり、ショーは研究設備に造られていた同じく透明なカプセルのような容器の中に王女の遺体を慎重に入れた。そして、容器の中へ緑がかかった、かなり粘着性のある液体を満たしたのだった。


彼は騎士達に様々な指示をしつつ、何かを始めた。


容器の中は、液体の中にかつての王女の部位が浮かんでいるだけだった。しかし、ショーが機器に繋いだキーボードを操作しながら調整を加えると徐々に変化が現れた。

液体は緑から青、青から紫。そしてまた緑へと色を変化させていく。それに従って、浮かんでいただけの「肉片」が徐々に一つにまとまり、形を形成していくのが分かった。


時間をかけて、それはゆっくりと人の形を取り始める。


胎児からの成長という過程ではなく、なにか粘度細工で組み上げていくように、それは次第に完成していく。


その間、ショーは眠ることなく、キーボード操作を続ける。ランドルフも部下達には休むように指示をしながらも、片時も王女の側を離れなかった。


カプセルの液体の色が透明になって行くにつれ、その中にあるものの姿が明らかになっていく。


ゴールデンブロンドの長い髪の毛、そして透き通るような白い肌。


それは完全な人の形をしていた。体を丸めるようにして、液体の中で漂っている。


俯いたまま目を閉じているため、ハッキリと顔は見えない。けれど、その髪の色、そして全身から放たれる気配からして間違いなく、しかしただ一点を除いて、それが王女であることが分かる。


かつての王女との決定的な違い、それは王女の体の大きさだった。

大きさというよりは成長の度合いといった方が正しいかもしれない。


かつては大人だった王女とは異なり、その中にある者、漂っている者は明らかにまだ幼さを残す少女のものだった。


そう、それは俺が見慣れている、あの王女そのものだったんだ。


「ふう……」

ショーが大きなため息をついた。


「姫の具合はどうなんだ? 」

腕組みをしてショーの作業を見ていたランドルフが尋ねる。王女の命は助かったということは認識しつつも、王女のあまりの変わりようのため、どう質問していいか分かっていないと言った感じだ。


「うん。もう峠を越えたと思うよ。大丈夫だ」


「だが、姫は、なんというか、その、……小さい、幼いままだんだが」


「うん。そうだね。……はっきり言うと、姫様はこれ以上は大きくならないよ」

と、宣言する。


「な、なんと。姫は……この、子供のままということなのか」

少し天を仰ぐランドルフ。


「どうやら、姫様の体の一部は巨人達に喰われてしまったようだ。集めた体の重量から逆算しても、間違いなく重さが足りなかったんだ。……あの城での化物じみた回復力を得た巨人のことを考えると、奴らが姫様の体の一部を取り込んだために、王族の超回復という能力を得たんじゃないかとしか考えられないもんな。……だから、元の姿に戻すにはパーツ不足ってことになるんだ。80のものを100にできないように、姫様も再生に足りないパーツを補うためには、その成長過程で止めざるを得なかったんだ」


「王族の超回復力を持ってしても、もとの姫に戻すことは不可能なのか」


「残念だけど無理なものは無理だとしか言えないよ。姫様が元の大きさになり、能力を全て取り戻すにはそれなりの時間が必要だと思う。でも、嘆く必要なんてないじゃないか。だって、あんなにバラバラにされてしまってたんだぜ。あれで命が助かっただけでも奇跡に近いと思うよ。今は助かったことを神様に感謝しないといけないだろ? 」

ふと気付いたけど、ショーは年長でなおかつ騎士団の団長であるランドルフに対してもタメ口だ。そういうキャラクターとして認められているのか、呆れられているのか。


「確かに、お前の言うとおりなのは分かっている。確かにあの状態で姫が生きていらっしゃった事だけでも、それは我らにとって望外の喜びだということは。しかし、それは平時においてのことだ。今、我々が極限状態にあることはお前でも分かるだろう。我らは行く末は姫に係っている。」


主が死ねば、その眷属も死ぬ。……そのことを言っているのだろうか?


「元の姿に戻られないのなら、それはそれでやむを得ないな。次のことを考えるしかない。では、姫が意識を戻されるにはどれくらいかかりそうだ? それだけでも分かれば」

とランドルフ。


「まだ体の再生率が低いんだ。体の再生と部位の結合だけでもあと数日は必要だと思うよ。それが完了すれば意識もやがて戻るだろうね。……でも、直ぐには動けないと思う」


「それは何故だ」


「あれだけの損傷を受けているんだ。外見上治ったといっても、ほとんど一から細胞レベルの復元を行っているんだよ。運動機能や魔力といったものが回復するまでにはもっとかかるだろうね。どう見積もっても10日近くは必要だと思う。……これはあくまで推論でしかないよ。それも低く見積もったね」


「それでは時間が足りなさすぎる。ただでさえここに留まっていることは危険だ。いつ奴らに探知されるかわからん。少しでも早く場所を移らないといけない……。それにそれ以前の問題がある」

苦悶の表情を騎士の長が浮かべる。


「姫様からの魔力供給の途絶のことを言っているんだよね」


「そうだ。姫が皇子に殺害されてから、魔力の供給が完全に停止している。このままの状況が続けば、我々はあと数日もすれば生命力が枯渇し、息絶えるしかないだろう」


「そうだね、もって普通なら5日くらいだろうね、この状態だと。みんなそのことを知ってるから極力稼働を押さえているようだし、もう少しは持ちこたえるかもしれないけど、まあ先は長くないよな」

自らの寿命を他人事のようにショーは話す。

「姫様が復活したら、その状況も変わると思ってるんじゃないの? 」


「そうなれば嬉しいのだが」


「そうだね。姫様は一度亡くなっているから、俺たちとの契約はおそらくは破棄されてることになるんだよな。……そうなると、本来なら俺たちはこのまま死ぬ運命だよね。うん、姫様と再契約でも出来ない限りはそうなるだろうなあ」


「しかし、子供のままの姫では、我々との契約を結ぶことは不可能、ということか」


「そう。そのとおり。姫様から聞いてるよね。契約はその王族の魔力の量によってその契約できる人数違うってこと。当然、大人と子供じゃその容量は桁違い。そもそも、王族といえども血の契約を結べるのはある年齢を超えた時からと決まっていて、子供の王族が契約者を持つことはないはずだよね」


「つまりは、このままでは死しか無いということになるな」

冷淡にランドルフが答える。

「うむ。それはそれで仕方がないのだが……」


「俺たちが死んでしまったら、もう姫様を護る存在が無くなってしまう。そして新たな契約も姫様の魔力では果たして可能かどうか。……恐らくは無理だろうね。そもそも、姫様に協力するような存在が今のこの世界にいるかどうかさえわかんないよなあ」


「なんとしても、なんとしても姫だけは安全な所へお連れするんだ。それだけは絶対に譲れない」

かみ殺すようにランドルフが言う。


「でもなあ……そもそも、姫様が目覚めるまで俺たちが生きていられる可能性がほとんどないんだよなあ。どうしたらいいかだよね」


「ふふふ」

と騎士の長が低い声で笑った。その声は達観した気配すらあった。

「ショーよ。お前はもうすでにその結論を出しているんだろう? 」


「あ……、ばれたか」


「まったく、お前はひょうひょうとしていながら、冷淡かつ冷静な判断ができるものだな。私でさえその結論は先送りしたいと思っていたんだからな」


「俺は自分のことしか考えていないから、その答えにあっさりたどり着いただけ。おやっさんは、俺たち騎士団の長だから、全員のことを考えなければならないから、結論づけられないだけだよ」


「しかし、姫の状況と我々の置かれた立場を勘案するに、もはやそれしかないんだろうな」


「そうだね。答えは二つあるよね。一つは誰でもいいから領民を喰う事。彼らの命を取り込むことで不足する魔力を補う方法だね。そして、もう一つは俺たち騎士団の中から何人かを選別し、彼らの命を取り込むことで生きながらえる方法。できることは、それだけだよね」


「うむ。そして、最初の方法は問題点が二つある。領民たちはほとんどが殺されたり捕らえられていることだ。彼らを生け贄にするには、サイクラーノシュの勢力圏に入り込まなければならないこと。そしてそれ以上に障害となるのは、我ら騎士団の者が人を喰らうなどということを姫は絶対に許さなれないということ」


「だよなあ。姫様に嫌われちゃうよな。それだけはイヤだよね」


「無論だ。臣民を喰らうという姫の意に沿わぬ行いをしてまで生き延びようとは思わぬ。今は非常時だからやむを得ないと決断することも可能だが、それを姫様が知ったらお嘆きになり、命を絶たれるかもしれない」


「だよね。最初から結論は出ているんだよね。……だけど、もう一つの選択肢は、辛すぎるよ」

ショーがうつむき加減に呟く。


「ああ。しかし、誰かが言わなければならない。そしてそれを行うのは私の役目だろう」


―――そして、決断がなされる。


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