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「なに? 」
状況が飲み込めないショーが、思わず声を上げる。
部屋のあちこちで倒れ、血溜まりを作っている巨人達。
そこに変化が現れ始めていた。
完全に死んでいるはずの彼らの一部が、なんと微かに動き始めていたんだ。
巨人達全員にその変化が現れているわけじゃない。ごく一部の巨人。数人程度か? の体に変化が生じている。切り裂かれ破壊されたはずの彼らの傷口が、まるで逆再生されている映像を観るように、塞がっていくんだ。
その変化はかなりの高速で進み、巨人達は目を覚ました。
「うがががががが」
ついにはうめき声をあげ、自分の身に何が起きたか分からないまま、体を起こし始める。
「これは、一体」
ラスムスが愕然とする。
「完全に死んだはずなのに、何故」
血まみれの巨人がゆっくりと起き上がる。
その数は5人だった。血塗られたその姿は、騎士達を動揺させるには充分に異様だった。
「死んで生き返ることがありうるのか? 」
「ありえないよ、そんなこと。ゾンビか何かの施術? 」
エルフの疑問にショーが答える。しかし、それは答えになっていない。
「今はそんなことを考えている場合ではないぞ。みんな武器を取れ。姫を護ることを最優先に行動する」
すぐにランドルフが指示を出す。
騎士達は目の前の不可思議な状況への疑問を捨て、戦闘態勢に入る。
「殺しても生き返るなら、また倒すだけだ」
騎士団長が一喝する。
「むろん」
クリストハルトが応じる。
空気を裂く音がし、青白い刀身が現れる。
「風の精霊よ。力を貸してくれ」
ラスムスが呪文を唱えながら、弓を構える。つがえた矢の先が光を放つ。
「風よりも速く、そしていかなる妨げをも貫く力を」
シュッ!
射る音がし、ラスムスの弓から矢が放たれた。
高速が矢が巨人の頭部へと飛ぶ。
その速度、回避不能。そして魔術が施されたその鏃を防御することは不可能。
しかし!
頭部を捉えたはずの矢は、その寸前に巨人の巨大な右手で叩き落とされた。
強烈な横張り手を受けた矢はへし折れて、床を転がる。
「なんだと」
驚愕するエルフの騎士。
高速で飛ぶ矢を回避するどころか、叩き落とすなどできるはずが無い。しかも、それを鈍重なはずの巨人ができるはずがない。
しかし、それを巨人が簡単にやった。
続けてエルフは矢を放つ。
今度は三本まとめて。それを一人の巨人に向けて、目標と到達時間を微妙にずらせるよう計算して放った。
「ふひぇい」
さすがに回避も防御もできなかったようで、3本の内2本が巨人の頭部と腹部に命中した。
しかし、たいしたダメージは無いようで、何事も無かったように矢を引き抜くとそれを床に放り投げた。
「そんな馬鹿な」
愕然とするラスムス。
「ならば叩き斬るまで! 」
猛然と巨人に突進するランドルフ。
大きく振りかぶったツヴァイヘンダーが振り下ろされる。
巨人は真っ二つ!
しかし、巨人は回避行動を取っていた。さすがにかわすことはできなかったようだが、体を真っ二つにされるのは防ぐことができた。
ただ、左肩から腰にかけて、ざっくりと斬られたが。
「いってー!! 」
悲鳴を上げる巨人。
ぱっくりと割れた傷口から内臓がはみ出そうになる。
明らかな致命傷。
だが―――。
騎士達は、眼前で展開される光景に愕然とせざるをえなかった。
深々と切り裂かれた巨人の体の傷口から見える内容物が不気味に泡立ち、びちゃびちゃと音を立てながらまるで見えない手で張り合わされるように結合し、元へと戻っていったんだ。
その時間、数秒だったんじゃないだろうか。
引っかき傷程度のみみず腫れのような痕跡だけを残し、完全に治ってしまっている。
「へっへー」
斬られたはずの場所を驚いた顔でさすった巨人は、身体が大丈夫であることを確認すると、笑った。
「ウェーハッハッハッハッハッハッハー!! なんかわからねぇけんど、俺強い、強うなっちょるね」
「うおー。わしもそうにか? そりゃ、ウェイウェイ」
「こりゃ、こりゃこりゃ」
巨人達が興奮気味に叫びだす。
「きしきし。この犬達に借りを返したる。お前ら、やっちゃろや」
「そうじゃ。わしらは、最強最高の天上種族たる巨人一族の中でも最強を誇る、ファン=ランの一員なんじゃからな」
「犬を、殺せ殺せ」
再び武器を手にする巨人。
その迫力、圧迫感に押され気味になる騎士達。
「みんな、怯むな。斬っても回復するというなら、それ以上に斬ればいいことだ。回復の余地を与えないほど切り裂けば、……勝てる」
と、クリスティアンが仲間を一括し、巨人達へと突撃する。
そして巨人の攻撃をかわしつつ、凄まじい速さの剣撃を放つ。
斬られた巨人はそのダメージに悲鳴を上げる。しかし、その猛烈な回復力で傷が塞がると再び襲い掛かろうとする。その機先を削ぐように、再びクリスティアンの剣が襲う。
「痛ぇー痛ぇー!! てめ、痛いじゃねーか、糞糞! あかん、あかん、まじ、殺す……いや、痛いです」
悲鳴を上げる巨人の声など無視して、さらに切りつける。
回復と破壊の連続。
クリスティアンの圧倒的な攻撃に押される巨人。ただ防御するしか手が無く、反撃などできない。
それでも、巨人は斬られて斬られても、その傷口は回復する。そして、驚くべき事に、ほんのわずかではあるが、巨人の回復が早い。
「痛い痛い。堪忍して」
泣き喚きながら巨人が懇願し叫ぶ。
傷は回復しても、身体に痛みはあるらしい。
やはり斬られれば痛い。たとえその傷が回復しても痛みはしばらくは残るんだろう。
ゆえに体は動いても、痛みのために即反撃はできないようだ。
それを見たランドルフとランプレヒトも巨人に襲い掛かる。
彼らも同じように連続攻撃を加えはじめる。
だが、先ほどまでとは違い、巨人達の動きは俊敏だ。致命傷となる攻撃はなんとかかわすことができている。そして少々の怪我ならその謎の回復力で即復活だ。しかし、傷を負えば痛いようだ。「うげ」とか「ぎゃっ」とか悲鳴を上げている。
「あかん、これはあかん」
血まみれになりながらも即回復する巨人達はもはや戦意を喪失している。そして、ついには敗走を始めた。
襲い来る3人の騎士を棍棒を振り回すことで引き剥がし、逃走を始める。
騎士達も追おうとするが、
「待って、今はあいつらのことなんて放っておくんだよ」
と背後でショーが叫んだために追跡をとめた。
「ハァハァ、……何故だ? 」
攻撃で興奮気味のランプレヒトが叫ぶ。その瞳は真っ赤に光っている。
「そんなことをしている場合じゃない! 今はとにかくここから逃げることが先だよ。姫様を早く城の施設に運ばないと。それに……」
「……うむ。奴らの仲間が来る、ということだな」
ショーの言葉を騎士のリーダーが引き継ぐ。
あれほどの攻撃を行いながら、息一つ切らせていない。
「そうだよ、そのとおり。あの皇子が去ってからだいぶ時間が経ってる。奴らの仲間が来るのは時間の問題だよ。こんなところでモタモタしてたら奴らと鉢合わせてしまうよ。もし、その仲間の中にサイクラノーシュがいたりしたら、シャレにならないだろう? この状況では大変だよ」
「だがしかし、あの巨人どもは異常だ。あいつらを生きて帰したら、後々に禍根を残すことになるのではないのか? 今、あいつらを葬っておかないといけない予感がする。それに、叩ける時に叩いておくのが必定のはず」
「ランプレヒトの言うことも分かるけど、あいつらを倒すのはかなり厄介だよ。戦っていたあんただから、分かってるだろうけど……。あそこまでの異常な回復力を見せられると、俺とラスムスの攻撃では倒すのは無理だろうね。そうなるとこちらは3人。向こうは5人もいるだよ。同じ数以上いないと、明らかにこちらが不利だ。倒そうとして逆にこっちがやられる可能性がある。見た限り、あいつらの回復に限界はなさそうだし、体力も全然消耗しないみたいだ。これじゃあ消耗戦になる。俺たちが根負けする確率のほうが高い。仮にみんなががんばれたとしても、結論が出るまでには相当に時間がかかるよ」
「確かに、ショーの言う通りです。私の矢じゃあ蚊に刺された程度のダメージしか与えられそうもないですからね。……むしろ逃げてくれて良かったといえますね」
そういって、エルフの騎士が補足する。
「その通りだな……。引き際を間違えれば被害を広げるだけになる。やむを得ないな」
興奮も落ち着いたランプレヒトも同意する。
「じゃあ急いでここから出よう。もたもたしてたら、本当にあいつ等の仲間が来る」
ショーの言葉に彼らは頷くと、再びエレベータの入口へと進んでいったのだった。