-12-
クリストハルトは、手にした剣を起動する。
今度は両手にその剣を持っている。空気が振動するような音を立てて、青白い刀身が現れ光を放つ。
一気呵成に振り下ろされてくる、巨人の棍棒。
大きく振り上げてからの攻撃だから、巨人の身長と筋力を計算にいれると、まさに2階程の高さからの攻撃に近い。
当然、その威力は半端なものではない。
恐らくは、触れただけで肉をそぎ落とされ、やられる。
しかし、騎士はいとも簡単に、一人目の攻撃をギリギリでかわしつつ前へと踏み込み、同時に光剣で薙ぐ。
巨人を斬った勢いのまま、横で振りかぶる巨人へと一瞬で移動し、手にした二本の剣を平行になぎ払うことでそいつを斬る。そして、背後から来る二人の巨人の方を振り向くことなく、剣の持ち手を変え、そのまま背後へと突き出す。
再び空気の振動音がして、剣が格納されるのと、襲い掛かった5人の巨人が倒れるのは同時だった。
「な、……なんじゃとー!! 」
思わず、間抜けな声を上げてしまう巨人族のリーダー。
彼の考える圧倒的多数による各個撃破という作戦があまりにもあっさりと崩壊したことに衝撃を感じているのだろう。
確かに、ランドルフや人狼のような巨漢の騎士なら、そのパワーで巨人達をなぎ倒しそうだけど、一番力がなさそうなクリストハルトがここまで強いとは想定外なんだろうな。
一瞬で5人の巨人が倒れてしまったんだからね。
まさに、鬼神のような強さだよ。
「さて、次はお前のターンになるが、どうする」
呼吸一つ乱さず、静かな声で語りかける。
「くっそー、なめんなよ。お前達、なんとかし……ろ」
巨人のリーダーは他の騎士を襲った部下に声をかけようと後ろを振り返り、再び言葉を失った。
「え? うあ。え?? 」
そこにはランドルフ、ランプレヒト、ラスムスの3人しか立っていなかったのだ。そして床には無数の巨人の死体が転がっているだけだった。
彼らはゆっくりとことこちらに歩み寄ってくる。
もはや、この部屋の中で立っている巨人は一人だけとなっていたんだ。
「なな、……なんで、じゃ」
あうあうと口を開閉するだけの巨人。
「ありえぬ。わし等、最強かつ最高を誇る天上天下唯我独尊の大巨人国の格闘術、ク=ムンドゥの達人ばかりを選りすぐった、わしの白銀鳳凰騎士団が全滅だとぅ? ありえぬありえぬ」
「言っていることの意味がよくわからないが、今言えること、……残るはお前だけということだ。さて、お前はどうするんだ」
そして、3人の騎士達が歩み寄ってくる。
キョロキョロと辺りを見回した巨人は
「ひゃっ!! 」
と悲鳴とも思えないような妙な声を上げたと思うと、
「チチチ、くっそー、覚えていやがれ。しかし侮るなよ。ここは大巨人族が誇る究極奥義、巨人本国武芸伝武道八十八篇の第5の極み、……天空烈火荘厳天奉の舞! 」
そう怒鳴りながら、棍棒を騎士達に投げつけ、猛然と駆け出した。
エルフが弓を構える。
「逃がさない」
放たれた矢は巨人の後頭部を兜ごと貫いて、壁へと突き立った。
戦いを終えたことを確認すると、騎士達はショーのもとへと駆けつける。
そして、床に散乱した主の変わり果てた姿と対面し、絶句した。
「ああ、なんということだ……姫」
「お許しを、姫様」
「……」
苦悶の表情を浮かべ、崩れ落ちる騎士達。
そんな中、ショーだけが動くことをやめなかった。
悲しみにくれる仲間たちに目もくれず、黙々と作業を続ける。全ての注意力をその作業に費やしているようにみえる。
彼の足元には高さ1メートル、直径50センチくらいの円柱形の容器が作り出されていた。容器の中は液体で満たされている。
「リアリゼーション」とか「形象表現」とか言ってたけど、どうやら、彼の能力は「何か」を創り出す能力らしい。その能力の内容は恐らく【無から有を創り出す】のか、【何処かから取り出す】かのどちらかだろうだけど、判別はつかない。言えることは現実に行われた現象だけだ。
ここには存在しなかった物、誰かが持ってきた物ではない物が、唐突にここに現れた。
魔術のようなことを彼が行っただけ。種や仕掛けはおそらく無い。
言えることは、それができることが彼の能力なんだろう。無から有を創り出す。それが事実だとすれば、神にも匹敵する能力の一つを持っていることになるんだけど。
しかし、拳銃とかも決して持っていなかったはずなのに、どこからか取りだしていたし。そして彼が取り出す物は、どれもがこの世界に普通に存在するような物ではなかった。
一体、どのような方法でそれができるのだろうか……。
そして、彼はこれまたどこから取り出したかわからない手袋を、両手にはめていた。
彼は両手で慎重に床の肉塊を一つずつ拾い上げ、崩れ落ちないよう、そっと容器の中へと運ぶ。
容器の中に慎重に入れられた肉塊は、満たされた液体の中をゆっくりと沈んでいった。
沈んでいったそれは、切断面より無数の気泡を生じさせ、微かに揺れているようにさえみえる。
ショーはその作業を何度も繰り返す。
衣服の残骸や異物が付いていたら、容器に入れる前にそれを慎重に取り除く。
そして、液体の中へと入れる……。
その作業の繰り返しだ。
作業が続く間、他の騎士達は言葉一つ発することなく、彼の動きを見まもるしかなかった。
大きいものを全て容器に入れると、あとは極力拾い残しのないようにか、床に這いつくばるような姿勢で調べ、見つけ出した小さい肉片を指で掴むと同じように容器へと入れていく。
「ふう……」
大きなため息をついて、ショーが立ち上がった。額の汗を拭う。
どうやら作業が終わったらしい。
「ショーよ、その容器は何なんだ? 姫は一体、どうなったというのだ。お前は姫をどうするのだ? そして姫はどうなるのだ」
即、ランドルフがみんなを代表して質問する。
「実際のところ、ここでどうこう出来る話じゃないんだ。何といっても時間も設備もないからね。いや、最大の問題は時間なんだけど。……だから、極力、姫様の体の損傷を抑えるために、この入れ物に入れていたんだ。後は城に戻って、あそこの機材を使ってやんないと。うまくいくかどうかなんて、今の状況では言えないよ」
「では、これから一体何をするつもりなんだ」
「うん、王族には俺達の想像を絶する再生能力があるって聞いている。みんなも知っているだろ? ……どんなに大怪我をしても、少し休めばだいたいは回復するって、姫様が前に言ってたのを思い出したんだ。だから、たとえこんな状態からでも姫様は復活するんだろうなって思ったんだ。いや、するはずなんだ。俺は信じている。今は、それに賭けるだけだよ。それしかない。俺達はその助けとなるいかなる手段もとらなければならないんだ」
「つまり? 」
「城の培養装置に入れて、姫様のお身体を再生するってことだよ。培養装置を使うのは、姫様の回復の助けになるだろうって思うからさ。おそらく、全ての姫様の部位は回収できていると思う。あとは姫様の再生能力次第ってことだ」
そう言いながら、ショーは容器の蓋を取り出し、しっかりと閉める。
器の中では王女の体の部分から泡のようなものがポツポツと沸き出はじめている。
再び念じたショーが取り出したものは、リュックのようなものだった。
クリストハルトに手伝ってもらいながら、容器をリュックに収めると、それを背負い立ち上がった。
「準備はできたよ。もうここに用事はない。行こう」
「解った。すべては姫の能力と、お前の機械にかかっているということだな」
ランドルフが納得したように言った。
しかし、突然、何かに気づいたように、辺りを見回す。
「待て!! おかしい、何か……何かがおかしいぞ」
他の騎士たちも異変に感づいたのか、ショーを庇うように取り囲む。
警戒!
警戒!
それは彼らの本能が訴えかけるものだった。