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「おぅーい。お前ら、どこに行こうっていうんじゃ」
「何度も言わせるな。むろん、姫様のところだ」
騎士のリーダーが答える。
「ふあっははあはあはは!! 愚かじゃのう。愚かじゃのう。お前たちのお姫様は殺されたんじゃよ。飼い主を失ったお前らは、ただの野良犬じゃ。えさももらえず、惨めじゃのう。ふぃひゃひゃはや」
巨体を揺らせ、腹を抱えて笑う。
「言いたければ言えばいいさ。我々は、今なすべきことをなすだけだ」
何の感情も見せずにランドルフが答える。
「いやはや、残念じゃのう。残念じゃけど、お前らはお姫様の下には行けんよ。何でか知ってる? わしの仕事、お前らを殺すこと。お前ら、数、多いからちょっと不安だったんよ」
そういうと棍棒を突き上げる。
「でも! 主人が死んだら犬って、ご主人様から力をもらえなくなるからそれまでの力無くなるって聞いてるぞ。お前ら怪我したら、もう治らない。血、垂れ流しながら死ぬまで苦しむ。それっきり。お姫様、もう死亡! お前ら、もうだめ。だから、わし楽勝。それに、わし、力もらって10人力。だから、どっちみち余裕なんじゃい」
ニヤリと笑う。
巨人と同じくらいの大きさの木製の粗末な棍棒。しかしその大きさからかなりの重量がある。
唸り声を上げると、巨人の体に変化が生じた。
ぼってりとした肥満体系に思えたその体の内部に、驚くほどの力が隆起していく。
そして、男は手にした棍棒を軽々と振り上げると、器用に振り回してデモンストレーションを始める。
怪力によって猛烈な風斬り音を立てる。
「フハハハ、見るがよい。感嘆するがよい。わしら巨人族、半万年の歴史を誇る、大巨人男子最強の格闘剣術、ク=ムンドゥの流れを汲む、我が我流・天界操棒術の華麗なる技の前に、ひれ伏すがいい!! 」
言うなり、襲いかかってきた。
その速度、体型から想像できないくらい速い。
音も無く、クリストハルトが前に立つ。
腰に下げた、刀身の無い柄だけの剣を右手に持った。
何をするつもりだ?
最初の獲物をクリスハルトと認識した巨人は、渾身の力を込めて棍棒を大きく振りかぶり、彼めがけて振り下ろす。
ブンッ
同時に低い唸り音がした。
それは巨人が振り下ろす棍棒の風斬り音とはまた別のものだ。
それは、クリストハルトの持った剣からの音。
彼の手にした柄から青白い光が突如現れる。それは、約1メートルの長さの刀身となった。
彼は巨人の一撃を眉一つ動かさず紙一重でかわすと、そのまま前方へと移動した。
それは、一瞬———
クリストハルトにかわされた棍棒は、激しい音を立てて地面に叩きつけられる。
粉塵が舞い上がり、そこには深さ数十センチの窪みが作られる。
まともに当たっていたら、頭など粉々になる程の威力だ。
これほどの勢いで叩きつけられても棍棒は折れない。木製のように見えるけどそうでもないのか?
「ちっ」
巨人は舌打ちをして、再び棍棒を振り上げて攻撃態勢に入ろうとする。
しかし、クリストハルトは、青白い刀身を収めると、後ろを振り返ることなくそのまま歩き去ろうとする。
そして、他の騎士たちも巨人を避けて、そのまま歩み去っていく。遅れてノートパソコンを脇に抱えたショーも通り過ぎる。
まるでただの障害物を避けて通るような感じだ。
「待たんかい! こら。何無視しとるんじゃお前ら」
巨人は激高し眼を血走らせて振り返りながら怒鳴る。
そして、彼らを追おうとして一歩踏み出す。
「おっさん、動かないほうがいいよ」
と、ショーが巨人に言う。
「なに言ってるんじゃ、クソガキ。まずはお前からグチャグチャにしたるわい」
そう言って、また一歩進む巨人。
「ひれ伏すがよい、巨人本国武芸伝武道八十八篇より伝わりし、究極大巨人、究極秘儀、その名を明・鏡・止・水」
巨人が棍棒を振り下ろそうとする。
刹那———。
巨人の体に赤い線が左腰から右肩に向けて走った。
そして、その線からは血が噴出す。
「ななななんあななんあなな」
驚きの表情で自分の体に起こった変化を確認する巨人。
体は重力に逆らえず、ゆっくりとその線に沿って上半身がずれていく。
「ほんげ、なんじゃなんじゃ」
「だから動いたら駄目って言ったのに。おっさん、気づかなかったのかもしれないけど、おっさん、斬られてんだよ」
肩をすくめてため息をつくと、ショーはそのまま先を進む騎士達の後を追っていった。
「なあ、なんでじゃ……ほげええ」
一気に血が噴出し崩れ落ちる巨人。
真っ二つに切断されたことを彼は気づくことがなかたんだろうな。
そして、騎士たちは城の入り口の前に来ていた。
ドアは硬く閉ざされたままだ。
クリストハルトが再び剣を手にする。
唸るような音を立てて青白い刀身が現れる。
一閃二閃した。
扉がバラバラに切断され、音を立てて崩れる。
「よし、行こう」
ランドルフが残骸を軽々と取り除き中へと進んでいく。
室内は先ほどとは違い、全ての照明が落とされている。完全に暗闇になっていて、ほんのわずか先さえ見えない。
しかし、彼らにとってはこの暗闇は問題にならないようだ。全くの躊躇無く駆けていく。
……そうか。王女の眷属となったものは暗闇が苦にならないんだな。自分と比較して納得する。
そして、彼らはエレベータの前に到着する。
扉は閉ざされたままで、操作ボタンはどこにも無い。
クリストハルトが先ほどと同じように剣を構え、その青白く光る剣で扉を斬る。
鈍い音がして、剣は跳ね返された。
「私がやってみよう」
そう言うと、ランドルフが背中に担いだ大剣を振りかざした。
大きく振りかぶり、渾身の力を込めて、長さ2メートルはある大剣を扉に叩きつける。
甲高い金属音がし、火花が飛び散る。
しかし、漆黒の扉には傷一つ付いていない。単純な硬度を誇るだけの扉なら、あの一撃で損傷を受けないで済むはずがないほどの威力だったと思う。なのに、傷をつけることさえできない。
おそらくは、物理攻撃を妨害する、この世界のなんらかの術式が施されているんだろう。
「物理的に破壊することは無理かもしれません。この扉、どうやら、我々の知らない、何か得体の知れない術がかけられているのかもしれませんね」
扉を手で探っていたエルフが言う。
「では、お前の魔術でどうにかできそうか? 」
と、ランドルフ。
「残念ながら……どういった術式が施されているか見当もつきません。この術式、私たちエルフが知りうるものではなさそうです。術式の根源がわからなければ、対処のしようがありません」
申し訳なさそうに答える。
「時間をかければ、解析し、なんとかなるかもしれませんが」
「むむ。ラスムスですらその解法を知らないのなら、我らには手の打ちようがないということか。しかし、ここまで来て……なんということだ」
力任せに扉を殴りつける。
扉は鈍い音を立てるものの、びくともしない。
この扉は剣では破壊できない。だとしたらどうすればいい?
「糞っ。姫をお助けしなければならないのに。何もできないというのか。糞、糞」
人狼のランプレヒトが叫ぶ。それは咆哮だった。
「自分の無力さが情けない。誰かなんとかならないのか、なんとか」
切迫した彼の問いかけに、誰も答える事ができなかった。
「ちょっと待って」
彼らの様子を見ていたショーが何かを思いついたように言った。
彼は扉の前に来ると扉を叩いたり触ったりする。そして、扉の右側の壁に頬をピタリとくっつけ、何やら確認作業を始めた。
何かブツブツ呟いている。
「どうしたんだ、ショー。何か解ったのか」
「試してみる」
そう言うと、彼は白衣のポケットに手を入れて何かを取り出してきた。
それは黒い、1本のケーブルだった。白衣のポケットには何かが入っているようなふくらみなどなかったのに、何故か出てきた。
ケーブルの一端をノートパソコンに繋ぎ、もう一方を先程から触っていた壁面に持ってい
く。
壁に近づけられたその端子を壁面に触れさせると、どういう原理か端子が触れた部分が黄緑色に発光し、その端子を中へと受け入れた。
「よし」
接続を確認すると、床においたノートパソコンのキーボードを叩く。
数秒もしないうちに、音も無く、扉が開いた。
「よし、行こう」
騎士たちは、中へと入る。