七、マクスウェルの魔物
悪辣で云わせた屈強な男共を乗せたバギー達も、もの言わぬ赤茶けた岩みたいにそのモータをひっそりと黙らせ、辺りに響くのはびゅうと抜ける渇いた風の音だけです。
大柄の刺青だらけの盗賊から、列の一番奥でぶるぶる震えている痩せっぽちの商人まで、ここにいる全ての人たちが息を呑み、その目をコギトからちらりとも逸らせずにおりました。
「僕はコギト。君は。」
コギトはおおらかな口調で尋ねます。
男はコギトの一つ一つの言葉やその動きを過剰に警戒しながら、全く精一杯になんとも堂々と答えました。
「俺は、シオドスだ。」
シオドスは名前を告げると、バギーのドアをこれ見よがしにバタンと力いっぱいに閉め、なんとか車体の前へずるりと出ました。コギトはおんなじ調子で続けます。
「ではシオドス。先程まで君が使っていたその腰の小さな機械は、思念壁発生機だね。それが使えるという事は、誰かにオレイカルコスを埋め込まれたはずだ。いったいどうして誰にされたのか、すっかり話してはくれまいか。」
今度はいつになく重たい声で言いました。僕にはコギトの言うあれこれの意味がさっぱりと分かりませんでしたが、恐らくカヤックさんも、ここにいる全員がそうであったように思えます。
「さてね。あんたに答える義理はない。それよりあんた、一体何をしたんだ。うちの奴らもそいつらも誰一人動かねえし、ひどく息がしんどいな。」
シオドスは太陽光発電板を掃除した後みたいに、額から首まで汗をだくだくとやって苦々しく笑うと、首に巻いていた砂避けのスカーフを乱暴に剥ぎ取りました。
「心配するようなのは、何もしてはいないよ。何かしたというなら、僕を隠していないだけさ。さあ、とにかく答えておくれ。聞かせてくれるね。」
コギトはずいと一歩前にすり出しました。するとシオドスはなんとも説明の付かないその圧倒的な何かに、堪らずじりじり数歩下がります。そのまましばらく砕けそうな腰を車体で支えながらコギトを睨みつけていましたが、いよいよ観念したふうに小さく吐き捨てました。
「俺も詳しくは知らないが、白頭って呼ばれているどっかの学者だ。しかしあんた、何故あれこれ知ってやがる。」
コギトはシオドスの言葉を聞いたその途端に、何かを顔面めがけて浴びせられたみたいに目をぐっと閉じ、少しだけうつむいたようにしました。
「その学者は、カルテシウスというのじゃないかい。」
少し緊張したような、そんな声です。
「ああ、そんなだった気もするな。」
コギトは僅かに表情を歪めましたが、心を立て直すみたいにすぐに小さく息を吐き、まっすぐ男を見て続けました。
「ああ、どうか聞いておくれ、シオドス。君に埋め込まれたオレイカルコスはきっと小さい。恐らく米粒程の大きさだろう。さっきの思念壁の規模を見れば分かるんだ。その大きさならまだ間に合う。切除出来ると思うんだ。」
それを聞いたシオドスは、何かにひっぱたかれたみたいにひどく驚いたようにして、なんとも言葉にならないというふうでした。
すっかり動揺を隠せない様子でしたが、暫くの間口を噤んでから、コメカミの辺りをまさぐるように触りました。
「これを埋め込まれてから、あちこちおかしいんだ。長くは持たねえ気はしてるし、助かるなら助かりたい。だがな、人間かどうかもわからないあんたを、どうやって信じろってんだ。あんた、異様なんだよ。わからないが、やばい感じだ。」
シオドスは腰の装置にすばやく手を当てました。
「何かしてみろ。こいつがあんた相手にどれだけ役に立つかはわからんが、そいつらごとあんたを真っ二つってのも、試すにやぶさかじゃねぇぞ。」
盗賊の男は、たいへん怯えて見えます。コギトが何をした訳ではありませんが、男のいいようも、やはりよくわかるのでした。
「どうか話を聞いて欲しい。その学者にはきっと何かの実験台にされたんだ。そんなことで命をおとしたのじゃつまらないだろう。ぼくを信じてみやしないかい。」
コギトがそう言うと、辺りを覆っていたただならぬ雰囲気は、すうっと水が引くように消えていきました。それも確かに、あのコギトの方へと引いていくのです。僕やまわりの大人の人達は俄かに呼吸が楽になり一斉に大きく息をつきました。この時のあの切迫した心持ちは、本当に水中から這い出たような、そんな言い方が似ていたかもわかりません。そしてこの未知の水を引かせたのはコギトであることは、この場の誰もが了解するところなのでした。
「僕は君の状況と似ているんだ。だから良く分かる。まず、その機械を捨てておくれ。ここの街の人々を巻き込むのは、君とて気持ちの良いものじゃないだろう。」
シオドスは息苦しさが解けてなお、カタカタと震えているように見えます。あの奇妙な何かが、するすると端整な青年に隠し込まれていく感覚を、男は一番近くで感じていたのですから、或いは仕方のないことでしょう。
「本当に助かるのか。」
今にも泣き出しそうな子供の、すがるような声です。それにコギトはこっくり深く頷いて見せます。
「約束するよ。」
そうしてまた幾ばくかの静けさを跨いだ後、シオドスのかちかち震える指先が、一瞬腰の装置から離れたように見えたその時です。僕の隣の警備隊員が、まるで自身の怯えをがっさり振り払おうというように、顔中血管の浮き出そうな物々しい剣幕で、俄かに叫びをあげました。
「銃は効かんぞお。切り掛かれ。」
そして男にか、或いはコギトにか、まるで狂ったように切ってかかっていきました。それに続いて全ての警備隊員と自警団員が、それはもう谷底から吹き上がる突風のように一斉に猛り狂い出しました。
デイダラの弓は悪名高い盗賊です。カザリゼの人々からすれば、やっと豊かになった街と家族を護るため、断じてこのまま黙って見てはおれない。加えて、未知の者がそこにあれば、尚更の反応でした。
すると、まるでそれに呼応するように、デイダラの弓の団員達も皆荒々しく猛り声をあげ、辺りはあっと言う間に戦場の様相に一変しました。
その只中のシオドスは、震える手で装置をがっしりと掴み、その目を再び獣のようにギラリとさせています。
「悪いがあんたとは行けない。」
シオドスにすれば、デイダラの弓の団員は長年苦楽を共にした仲間。もしもシオドスが盗賊を抜けてしまえば、銃弾も当たらないデイダラの弓はその名前を失い、残された団員達は顔も名前も知れた盗賊の残党として何人が生き延びられるのか。異端に生まれついて、異端としてしか生きられない人々は、この世界に相当数いるのは確かでした。そういう境遇の中で、ただ己の生きるため、異端として少数を切り捨てた全体への復讐のため、盗賊という生き方を選ぶという心理は想像するに難しくありません。また、それ故に彼らの結束が固いことも、ぼくにしてもよくわかることでした。誰よりも異端として生きて来たコギトにすれば、このシオドスの答えは、分かりきっていたことなのかもわかりません。
男は同胞の猛りで取り戻した獣の目をじっと閉じて、何かに集中しているようでした。腰の装置は掴まれたままです。ぼくはその様子を見て、なんだか余計に不安になって、とにかくコギトのところへ行こうと自警団に紛れて駆け出しました。するとシオドスを中心に、辺りの雰囲気がキンと張り詰めて行きます。
「お願いだ、やめておくれ。」
コギトが悲しく声にします。シオドスは目を開くと、ニヤリと不気味に笑いました。そしてそれが起きたのは、シオドスの腰の装置が青白く光ったように見えた、正にその時でした。
ごおう ごおごおう
ほんの一瞬の出来事でした。
コギトのあの異様な雰囲気が再び辺りを包むと共に、シオドスは激しい真っ赤な炎をあげて燃え上がりました。誰もが再び言葉をなくし、その一切の動きをぴたりと止めました。そしてしばしの沈黙の終わりに、自警団の男の一人が声を震わせてけたたましく叫びました。
「魔物だあ。マクスウェルの魔物だあ。」
その言葉を合図にして、まるで止まっていた時間が動き出したみたいに、辺りはたいへんな混乱に包まれました。蜘蛛の子を散らすように、そこにいた全ての人が叫びながら逃げ惑っています。デイダラの弓の団員も、バギーで逃げだす者もおれば、バギーも忘れて走って逃げだすものもおりました。
「デイダラが本当の魔物を連れて来ちまったんだあ。」
警備隊と自警団は、我先に門を開き中へ中へと逃げて行きます。そうしてその中の数人の男達が叫びました。
「何してやがる、カヤック。早くその子とこっちへ来い。焼き殺されちまうぞお。」
しかし僕もカヤックさんも、もうその声もまるで聞こえず、ただただ呆然と立ち尽くしているばかりでした。
「ちくしょう、あいつらはもう駄目だ。諦めるしかねえ。」
その言葉を最後に門が閉められるドオオンという音が響きました。そうしてその場に残ったのは、僕とカヤックさん、コギトと燃えているシオドスだけでした。
すると俄かに空が暗くなり、赤く燃える炎が不気味に揺れて見えました。
ポツ、ポツ、ポツ、ポツポツ
赤土の渇いた地面に、シミのような斑点があちこちに現れます。
「雨。」
ぼくは小さく呟くと、なんだかぼうっと辺りを見回します。雨はすぐに一面を包みました。さぁぁぁっという静かな雨音が、辺りに美しく響きます。
既に男の姿を留めてはいないその炎は、雨の中でも消える事なく浮いたように燃え続け、コギトはそれをびしょ濡れで立ち尽くしたまま、ただただ黙って見つめておりました。
ぼんやりとした僕の視界の中で空を仰ぐように顔を上げたカヤックさんは、何を思ったのかゆっくりとしゃがみ込み、地面に溜まった雨水を手で掬いほんの少し口へ運びました。そうしてコクリと飲み込むと、苦々しく小さく言いました。
「泣いているのか。」
雨ではっきりとは分かりませんでしたが、コギトを見つめるカヤックさんが、僕にはその時泣いているように見えたのです。
そして僕自身も、止まらない涙が後から後から訳も分からず溢れて来るのでした。




