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コギトの雨  作者: 海老
第一章 マクスウェルの魔物
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六、デイダラの弓

 僕とカヤックさんは、コギトを探しながらカザリゼ中を回りました。

 機械広場から市場、居住区きょじゅうくはしからはし、くず鉄通りまで時間をかけて見て回りましたが、コギトの姿は何処どこにも見えません。

 途中とちゅう何人もの人がカヤックさんに声をかけ、水を買ったり世間話せけんばなしをしたりしました。

 カヤックさんはその度にコギトの事を聞いてくれましたが、誰も見たという人はいません。

 確かにコギトは人込ひとごみの中にすうっと溶け込むのがなんとも上手ですし、会った人にはなるべく印象を残さないようにしていると言っておりました。カザリゼの表通りは何処もにぎやかで活気ある人達で溢れていましたから、きっと余計よけいに見付からないのです。

 しかしカヤックさんは本当に人気者で、その水の評判は街の隅々まで知れ渡っているようでした。

 居住区を回った際などは殊更で、通る人通る人大人から子供まで、みんなカヤックさんに挨拶あいさつをするというふうなのでした。

 そうして感心するばかりでおりますと、カヤックさんは僕に一言断りを入れて、ご自分の家にも寄ったのでした。

 奥さんはマリさんと言って、カヤックさんに豪快ごうかい気立きだてが良く、よく笑う優しい女性という印象の方でした。

「そうかい、人探しかい。あたしゃあてっきり、勝手に何処どこぞのちびを引き取って来ちまったかと思ったよ。まあ無駄むだな酒を減らさせるいい口実こうじつだと思ったがね。それに良い目をしている。残念だねえ。それとも旅なんて止めてうちの子になっちまうかい。」

 マリさんはまるでカヤックさんと同じに、たいへん大きな声でどっかり笑いました。

「俺の酒をとやかく言う前に自分のくつ集めをなんとかあしやがれってんだ。一体何足あると思ってえやがる。」

 カヤックさんは小さな声で聞こえないように言いました。

「何か言ったかい。全くケツの穴の小さな亭主ていしゅを持ったもんだよ。妻が綺麗きれいにして何の不満があるってんだろうねえ、スム。あんたはスケールの大きな男になんな。」

 マリさんはバンと僕の背中を叩きました。

「全くよく言うぜ。さあ、スム行こう。」

 カヤックさんはギイと力を入れて、荷車にぐるまを動かし出しました。

「あんたお風呂はかしといていいのかい。」

再び出発しようという僕たちに、マリは玄関の辺りから言います。

「ああ、よろしく頼むよ。」

「はいよ。うんと熱いのかしといてやるからとっとと見付けて来てやんな。スムもまたおいでよ。」

 カヤックさんは振り向かずに手を振りましたが、僕はなんだか嬉しくなってペコリと深く頭を下げると、ドッタタッと荷車に飛び乗りました。

 その後僕達はゆるゆるくず鉄通りまで行きましたが、やはりコギトの姿も見たという人もありませんでした。

「まいったな。やっこさん何処へ行っちまったのか。あんまり期待きたいは出来ないがちょっと高台からぐるりと探してみるか。」

 カヤックさんは知り合いらしいジャンク屋さんのお兄さんに頼んで荷車を預かってもらうと、くず鉄通りの奥の高台へ向かいました。

「お水、ごめんなさい。人に預けさせてしまって。」

 僕はカヤックさんにとって水が特別大切なものであると感じておりましたから、たいへん申し訳ない気持ちになったのです。

「なあに、クレタは信頼出来る奴さ。あいつの扱うジャンク品はどれも旧世界の遺物いぶつばかりなんだが、誰にでも売りはしない。下手をすれば危険な力を持っちまう物だからな。相手がそれを買ってどうするつもりなのか、具体的には分からないがなんとなく感じるだそうだ。目を見ればな。文明崩壊ぶんめいほうかい以降いこうのテクノロジー排斥はいせき思想しそうが薄れつつある今、あいつ程の目利めききなら大儲おおもうけ出来るだろうにな。本当の目利めききは人を見る目もあるんだと。全く小癪こしゃくな事を言いやがる。まあとにかくそういう奴なんだ。あいつなら大丈夫さ。」

 そう話すカヤックさんは、なんだかとても嬉しそうに見えました。

 高台に登るとそこにもほんの少しの商店がありましたがあまり広くはなく、その奥に高く張られたさくの向こう側は、大地の裂け目になっていてどこまでも深い絶壁でした。

 大地の裂け目は世界中あちこちにあって珍しくはありませんが、いったいどうしたら大地がこんなふうに裂けるのか、僕はいつも不思議に思います。

 しかしここから見えるカザリゼの街並は、見たこともないような美しさです。

 木造や煉瓦れんがづくり、白の土壁や瓦屋根かわらやねなど幾種類いくしゅるいもの建物の上で小さな太陽光発電のパネルがキラキラと光っています。

 街の中央には一際ひときわ大きな太陽光発電施設が街中を見据みすえるように立っていて、その屋根は一面発電パネルで出来ていました。

 たいへん小さく見える人々は皆活気に溢れ、プラトーンのかわきのことなど僕の頭の何処からもいなくなっているようでした。

 コギトの言っていた”命と命がかれ合う”という言葉が、自然と頭を過ぎりました。

「確か砂避すなよけに束ねた長髪だったな。どれ居そうかい。」

 カヤックさんは感激する僕の頭をわしゃわしゃとすると、目をくうっと細めて言いました。

 僕ははっとするとすぐに懸命けんめいに目を凝らしました。

 あちこちずぃと目をやりますが、どうにもコギトはおりません。

 本当に一体何処に行ってしまったのでしょう。

 するとにわかに、高台にいる人々がざわりとどよめき立ちました。その人達がそろって目を向けている先は街の外です。

 僕も高台のはしけ寄ってみると、二列のバギーの集団がこちらに向かって来ているのが見えました。

 その一列目は真ん中の一台を先頭にして、その左右から少しづつ一台一台後ろにズレてを描いています。そのすぐ後ろを二列目が横一列にきっちりと並んで走っておりました。

 後からゆっくりとやって来たカヤックさんは、見るなり大声をり上げて皆に知らせるように言いました。

「デイダラの弓だ。デイダラの弓が出た。誰か警備隊けいびたいに知らせてくれ。」

 その瞬間高台の上は大混乱になりました。

 逃げまどう人やカヤックさんの指示通り警備隊や街中に知らせようと走り出す人、あるいは祈ったり泣き出す人もおりました。

「みんな落ち着けえ。大丈夫、カザリゼには優秀ゆうしゅう警備隊けいびたいがいる。街の男衆おとこしゅう自警団じけいだんを作って街をまもる。商人の心意気こころいきがあんな盗賊とうぞく連中に負けるものか。さあ、まずは落ち着いて家へ戻るんだ。念のため荷物を整理してくれ。」

 高台の上にいた人々は少しだけ落ち着きを取り戻し、ざわつきながらも皆速足で家に帰って行きました。

 しかし親子と見られる女性と小さな女の子が高台の片隅かたすみにぽつんと残っております。

 女性は地べたにしゃがみ込み震えて祈っているように見えます。女の子はそれをなんとも心配そうに見ておりました。

 それに気付いたカヤックさんはゆっくり近づくと、ひざをついて澄んだ落ち着いた声で言いました。

「カナン。そうか、お前さんは亭主ていしゅ盗賊とうぞくにやられたんだったな。ああ、気持ちは分かる。分かるとも。だがなカナン。今は震えて祈っている時じゃあねえ。その手はこの子を抱きしめるのに使ってやんな。お前さんがまもってやるんだ。お前さんは今頼るものがないと思えて、神様かくなった亭主ていしゅに頼っているのだろうが、この子にとっちゃあお前さんだけが頼りだ。分かるな。今自分に出来る事するんだ。お前さんにしか出来ない事があるだろう。さあその子をかかえて家に帰りな。そして荷物を整理するんだ。」

 女性はしばしおびえた目でカヤックさんを見ておりましたが、大きくこっくりうなずくと、深呼吸をして女の子をかかえました。

 そうしてカヤックさんに深々とお辞儀じぎをして力強く駆け出しました。

「さあスム、お前も俺と来な。コギトくんは心配だが、街の誰かがかくまってくれるはずだ。」

 僕はあまりに突然の事で頭が真っ白でしたので、とにかく言われるままカヤックさんについて行こうとしました。

 するとにわかにけたたましい銃声じゅうせいが気でもくるったようにしばらく鳴りひびきました。

 カヤックさんと僕は高台のはしさくに駆け寄りました。

「やっぱり駄目か。本当に弾が当たりゃしねえ。」

 いつの間にか街の前をぐるりとかこっていたたくさんの警備隊が、近付いて来たデイダラの弓に対して発砲はっぽうしたらしいのですが、バギーのれは全くなんともないというふうに走り続けておりました。

 その時ふと、何処かの街でどんな銃弾じゅうだんも決して当たらない盗賊団がいると聞いたのを思い出しました。

「さあスム、ウチに行くぞ。俺はその後自警団に行かなきゃならねえ。」

 僕は分かりましたと言おうとした瞬間、胸がドキリとしました。

 警備隊の中から、誰かがたった一人、デイダラの弓に向かって歩いて行きます。

「コギトだ。」

 僕は一目散いちもくさんに外に向かって走り出しました。

「コギトだって。おい、スム。待て、何処へ行く気だ。」

 カヤックさんもあわてて追い掛けて来ましたが、人混みをり抜けいく小さな身体に、追い付けるはずもありませんでした。

 僕は閉まりかけている門をくぐって警備隊の列にまぎれました。

 何の考えもなく飛び出してしまいましたので、しまった追い返されると思いましたが、警備隊の人達は飛び出した僕に何の反応はんのうもありません。

 理由はすぐに分かりました。

 コギトです。

 姿形すがたかたちは同じですが、コギトが実に重々しく、異様いよう雰囲気ふんいきを放っているのです。

 それは理屈りくつを超えて、警備隊の足を止め、僕にコギトの名前を呼ぶ事も忘れさせました。こんなコギトは僕も初めてです。

 そうしていると自警団を連れてカヤックさんが物凄ものすごいきおいでやって来ました。

「スム、何やってやがる。こんな所に来たら...。」

 カヤックさんも、自警団の人達も皆言葉をうしないました。

「ありゃあ、なんだ。あれがコギトくんだってのか。」

 カヤックさんが振りしぼるように言いました。僕はそれにうなずくので精一杯せいいっぱいです。

 すると、コギトから少し距離きょりをおくようにして、デイダラの弓がのっそり止まりました。

 そして先頭の一人が、バギーから覚束おぼつかない足どりでまるで苦しそうにりてきます。

「あんたあ、なにもんだ。本当に人間か。」

 男はこの空気の中で、たった一人動けるようでした。


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