表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コギトの雨  作者: 海老
第二章 地底の都フィロソフィアとシュレーディンガーの猫
21/31

十三、ゲルニカ山脈

「今頃コギトはゲルニカ山脈を越えた頃かしら。」

 アマンダさんはレプリカの石碑せきひの台に座り、ふと思い出したみたいに言いました。

「コギトはアマンダさんのお父さんがいるというその東の街に、あのゲルニカ山脈を真っ直ぐ越えて向かったという事ですか。」

 ゲルニカ山脈はとても切り立ったそれはそれは険しい山脈で、人が越える事は出来ないとされておりました。ですから人々はぐるりと迂回して、山脈を避けるように東へ向かうのが普通なのです。それをコギトはたった一人で越えようというのですから、本当にたいへんなことなのです。

「驚いてしまうでしょう。コギトは六日程で越えられると言っていたわ。回り込むと一ヶ月はかかるけれど、真っ直ぐ行けば十日でハングリャの街まで着くそうよ。それまでお父様達が留まっくれていると良いけれど。」

 そう言いながらアマンダさんは何気なく先程の手紙を取り出し、表と裏を確認しました。するとにわかに目を円くして、急いだ様子で封を開けました。中には手紙が一枚入っていただけでしたので、あっと言う間というようにすぐに読み切ってしまいました。

「ああ、なんて事。お父様からだわ。もう随分前にハングリャを出たそうよ。ラプラスの悪魔については何も書かれてないけれど、今は東へ東へ向かっているって。この分だとこの手紙もいつ出された物か分かりませんね。」

 アマンダさんはため息をふっと一つやりました。

「では、コギトを呼び戻す方法はないのですか。」

「ゲルニカ山脈のふもとには小さな集落があってね。そこには知り合いの研究者がいるの。だからコギトが山脈に辿り着く前なら彼に電信を打ってコギトを呼び戻す事があるいは出来るかもしれないけれど、今頃コギトは山脈の向こう側よ。他にも連絡手段はなくはないのだけれど、コギトが山脈を越えた時点であらゆる方法が使えなくなってしまったわ。」

 アマンダさんは僕以上に落胆らくたんした様子でした。

「大丈夫。きっとコギトは追いつきます。僕はコギトを信じて待つ事にしたのですから、何も変わりありません。」

 アマンダさんはしばらく僕をじっと見詰めてから、努めて明るくそうねと言って笑うと、石碑せきひの台座からすっくりと立ち上がりました。

「ところでアマンダさん。最近随分お忙しくされていらっしゃったのでなかなか尋ねる機会がなかったのですが、正門が掘り起こされた時におっしゃっていた、ケイローンとなんとかの思念戦争とは、いったいなんなのですか。」

 アマンダさんは右手を腰へやって、石碑を二、三べんそっと撫でてゆっくりと言いました。

「そうね。お話ししておきましょう。ケイローンとサトゥルヌスよ。ケイローンとサトゥルヌスの思念戦争。今、世界が乾きに飲み込まれようとしているのは、大昔の大きな戦争のせいだという説は知っているわね。その戦争が思念戦争なのだと、私たちは考えているの。私たちベネットラボは、各地で様々な遺跡を研究したわ。ここほどではないけれど、それなりに大きな遺跡もあったし、小さな遺跡や壊れ果ててほとんど何も残っていない遺跡もあったわ。けれどそのどの遺跡にも、思念戦争という言葉が遺されていた。そしてどうやらその遺跡の主達は、サトゥルヌスという存在と敵対していたことも窺い知ることが出来たの。サトゥルヌスという存在がいったい何なのかは、今でもさっぱりわからないけれど、全ての遺跡の主は、あのケイローンという存在ではないかと、私たちは推測しているのよ。」

 僕にはアマンダさんのお話がやはりなんとも途方もない話に聞こえましたが、オレイカルコスやフィロソフィアが確かに存在していたこと、何よりアマンダさんのどこまでも真剣なまなざしが、疑う気持ちをすっかりどこかへやってしまったというふうでした。

「そういうことだったのですか。」

 僕が神妙そうに言うと、アマンダさんはカラッと明るく言いました。

「あら、飲み込みの早いこと。感心してしまうわね、ほんと。」

 そうして揃って笑っておりますと、僕の後ろからぞろぞろとキムさんやソヨ、解読班の皆がやって来ました。

「お嬢さん。石碑の未解読の文字につきましても、ある一定の解釈が出来たのでご報告致します。」

 キムさんが皆の先頭で言いました。その表情は何処か厳しいように見受けられます。

「たいへん残念ですが、どうやら正門の鍵となるものは第一の地底都市にあるようなのです。石碑せきひによれば、思念錠しねんじょうと呼ばれる特殊な鍵を第一の地底都市からかけているようで、それを解除しない限り、フィロソフィアの正門は絶対に開けられないと記されていました。ソヨ、資料をお渡ししておくれ。」

 アマンダさんはソヨから資料を受け取ると、ぱらぱらと目を通しはじめました。その表情は、やはり厳しいものです。

 そうして資料に一仕切り目を通すと、またふうっと小さくため息をついて言いました。

「分かりました。引き続き正門の開門についての調査を継続しつつ、第一地底都市の位置の特定にも焦点を当てて調査を進めて行きましょう。では詳しい説明をお願い出来るかしら。」

 解読班の皆は各々返事をすると、レプリカを取り囲んで説明をはじめました。

 実はこの時、僕は先ほどの言葉とは裏腹に、アマンダさんのお父さんとラプラスの悪魔と呼ばれる人がもうハングリャにはいない事、それをコギトに連絡する方法がない事、そして正門が開かない事に、何故こうもあれこれ上手くいかないものなのだろうという怒りのような悲しみのようななんともやるせない感情が、胸の辺りでもやもやとして、そのことがとってもいやだと感じていたのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ