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コギトの雨  作者: 海老
第一章 マクスウェルの魔物
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二、アマンダとの再会

 アイーダの街は決して裕福ゆうふくではないけれども、遺跡いせき発掘はっくつと研究がさかんであると、以前コギトから聞いたことがあります。けれど実際に来てみると研究者以外の人影もあちこち少なくはなく、この土地の厳しい環境の中でも街の人々は懸命けんめいに生きているように思えました。

 こういった貧しい街や村は、世界中にはまだまだたくさんあるとコギトは言います。

 何百年も前は世界中があのニライカナイとか、エゾとか蓬莱(ほうらい)とか呼ばれる、どこかの小さな島の噂みたいに、もっと緑や水が豊かで雨も一ヶ月のうちに何日も降ったらしいのです。

 プラトーンの浸蝕(しんしょく)がはじまって今みたいなふうになってしまったのは、大きな戦争のせいだとか、星の寿命じゅみょうのせいだとか色々な説があります。アイーダはそんな”大きな戦争説”をとなえるえらい学者さん達が、この土地の地下に多く見られる遺跡を発掘されているそうなのです。

 遺跡には旧世界きゅうせかいの文明がたくさん眠っていて、その研究と実用化が進められているのですが、その多くはあまりの技術の差にほとんど手が出せないのだと言います。

 アイーダの警備の方が乗っていたあのホバーのような乗り物も旧世界の文明の一端いったんで、電気的な力で駆動くどうする物だったため今ではすっかり実用化されておりますが、それを生産する技術は今はまだないといつしか本で読んだ事があります。

 その本によりますと、旧世界では空を飛ぶ乗り物さえたくさんつくられていたと言うのです。あの空を飛べたらどんなに素敵だろうと、僕はその本を読む度に随分と思ったものでした。

 ですからせっかく遺跡の研究所のあるアイーダに来ておりますので、学者さんのお話を少しでも聞けたら良いと、実はなんだか少し期待するような気持ちでおりました。

 コギトはどうやら、旅の目的である人探しの有益ゆうえきな情報がこの街にはあると見ておとずれたようですが、交易こうえきのあまりないアイーダに手掛てがかりがあるようには、僕にはどうにも思えないでおりました。

「まずアマンダという女性に会おう。」

 街の入口をくぐるとすぐに、コギトはそう言いました。

「とりあえず少し休みたいのだけどダメだろうか。」

 僕はまさかこのまま一休みもせず行くのかと少しぎょっとして言います。

「ああ、もちろんそのつもりさ。すまない、少し気がいてしまったね。スムはよく歩いてくれたから、まずは先に宿に行こう。彼女に会いに行くのは食事の後でも良いのだし。」

 僕はふうっと胸をろすというような心持こころもちを、コギトにはなるべくわからないようにお腹の辺りにじんわりとどめました。

 コギトは汗もかかないしあまり疲れたりもしないものですから、時々僕には必要な休憩という大切な事柄ことがらを忘れてしまう事がありますので、今度もそれじゃあなかろうかと思ったのです。

「アマンダさんはどういう人だろう。初めて聞く名前だけれども、いったいコギトは知り合いなの。」

「アマンダのお父様が恩師おんしでね。彼女は小さな頃から知っているという訳さ。随分立派な学者さんになったと聞いてるよ。」

 コギトはなんだか嬉しそうに話しました。

「では早く会いたいと思うのは当たり前だね。けれども、ごめんなさい。やっぱり少しだけ休ませて欲しいです。僕、疲れてしまったみたいで。」

 僕はコギトが滅多めったにしない昔の話をしてくれたのも嬉しかったし、本当になつかしいというふうな顔を見て、ああ、早くにアマンダさんという方に会わせてあげたいと思いましたが、どうにも本当にクタクタだったのです。

「ありがとう。スムは優しい子だね。本当にそう思うよ。おじいさんが良くお育てになられたようだ。ではもう宿へ行こう。僕も今日はお水をいただこうかな。ああ、僕はそこで場所を聞いて来よう。」

 コギトはそう言うと道のわきのお店に入って行きます。何のお店だろうと目をらしましたが、屋根から太陽光発電のパネルから看板まで、日照(ひで)りと土埃つちぼこりのせいか色がくすんで文字がよくわからなくなっておりました。

 しかしコギトが水を飲むだなんて、本当に珍しいのです。いつだって食べ物は一切食べませんが、ごくほんの時々水を飲む時は、いつも何か嬉しそうな時のように思えます。ですから今度もそのアマンダさんに会えるのが、よほど嬉しいのじゃなかろうかと思えました。

「待たせたね、スム。あっちだそうだよ。」

 そう言ってコギトは、真っ直ぐに街の真ん中の方へゆたりと歩き出しました。

 しばらく行くと、街の半分から向こうの方に大きな建物と色々な形の掘削機くっさくきが見えて来ました。

「あれが彼女と彼女のお父様の作ったラボラトリだよ。宿はその向こうだそうだ。」

 僕はなんだかドキッとしました。だっていくら立派な学者さんでも、まさかこんな大きな研究所を持っているだなんて思いもよらなかったのです。

 僕はにわかに緊張きんちょうして、なんだか疲れがけ足で何処どこかへ行ってしまったというふうでした。

「どうだい、スム。君は学者さんを目指しているのだから、こんな大きなラボラトリを見ると、やはり気持ちが飛んだようだろう。アマンダに頼んで中を見学させてもらうといい。」

 コギトはきっと僕をおどろかせようとわざと黙っていたのだと思いました。

 すると研究所からこれから発掘現場に向かうというような格好かっこうをした美しい女性が、一つに結わえた金の髪を稲穂のように揺らしながら出てきました。

 そうして女性はこちらを見て、俄かに目をまるくして言いました。

「そこの旅の方、もしやコギトじゃありません。」

 コギトは突然の事で何だか分からないという顔をしましたが、すぐに落ち着いた声で言いました。

「やぁ、アマンダ。本当に久しぶりだ。随分と美人になったね。」

 僕にもすぐに事態は飲み込めましたが、二人の再会の邪魔じゃまになってはいけませんのでそっとして黙っておりました。

「やっぱりコギトね。本当に久しぶり。前より顔色が良くなったみたい。安心しました。でも美人になっただなんてあなたらしくない物言ものいいですこと。お父様がいなくなってからは発掘作業の現場にも顔を出さなきゃならなくなったからお肌が随分と荒れてしまったし、盗賊とうぞくが増えたせいで良いお化粧品けしょうひんもなかなか取り寄せられないわ。」

 アマンダさんは少しまいったような顔になりました。

「そうか。それは苦労をしているね。しかし身も心も充実しているというふうだ。僕には美しくなったと感じられたよ。」

 アマンダさんはほんのしばしキョトンとした顔をしましたが、すぐにクスクス笑うと続けて言いました。

「そうね、ごめんなさい。やっぱりとってもあなたらしいわ。また会えて本当に嬉しい。歓迎します。アイーダへようこそ。ではそちらの子をご紹介いただけるかしら。」

「スムです。スムと言います。」

 僕はコギトが何か言い出すか言い出さないかのに、変にかしこまって大きな声で言いました。

 アマンダさんがすごい学者さんでらっしゃるという事ととても美人だったのとで、僕はもうなんだか本当にすっかり緊張しておりました。

「まぁ、元気が良い。男の子ですものね、そうでなくっちゃ。コギトもスムを見習わなくちゃね。」

 コギトは困った顔で少し微笑ほほえんでおります。

 僕はその様子を見て声を出して笑いました。それはアマンダさんに誉められて少し得意になっているのもありましたが、いつもどこか淋しいような悲しいような顔をしているコギトが、カザリゼの一件以来更に元気のないように見えていたのです。それが今日はなんだか特別楽しそうでしたので、僕も一緒になって嬉しくなっていたのでした。

「ああ、アマンダ、宿はどちらかな。」

 コギトがちらりと僕を見て切り出しました。

「ラボの向こう側よ。案内します。宿というより、ラボの研究員のための宿泊施設しゅくはくしせつを一般の方にも宿として利用していただいているものだから、あまり期待はしないでね。でも口をいておきますから、自由にお使いになって。」

「ああ、本当に助かる。ありがとう。一部屋お願いするよ。僕達はスムが休まればそれで良いから。」

 コギトは小さく会釈えしゃくをしながら言いました。

 するとすぐにアマンダさんが、優しく笑って言います。

「気になさらないで。ちゃんとコギトも泊まれるように二人部屋を用意しますね。でもスム、コギトと一緒じゃあ色々と疲れちゃったでしょう。この人、真面目まじめなのは良いのだけど冗談じょうだんの一つも言わないのだもの。」

 僕はこの時、ああ、アマンダさんは、きっと僕よりもコギトの色々な事を知っているのだなあと思いました。

「アマンダ、それくらいで堪忍かんにんしておくれ。それより君、お仕事はいいのかい。発掘作業をする格好に見えるけれど。」

 コギトは話をらすように言いました。

「あら、こんなに特別なお客様を放っておいて掘り起こす物なんてあるものですか。それにこう見えても、ここでは私が一番偉くてよ。」

 アマンダさんはさも得意そうに言いながら歩き出しましたが、なんだか嫌味いやみが全くなく、その真っ直ぐな心根がうかがえるようでした。

「ではお言葉に甘えて。」

 コギトがまた小さく会釈えしゃくをしながら歩き出しました。

 大きなラボを横切って宿に着くと、今まで立ち寄ったいくつかの街のどの宿とも、それ程の差のない建物がポツリと建っておりました。

「では少しお待ちになって。食事の用意もすぐに出来ますから。」

 アマンダさんはそう言ってニコリとすると、建物の中に僕達をまねき入れました。

 中に入ると、宿の利用者やら係の人やらが次々とアマンダさんに挨拶をしました。アマンダさんはその一人一人に、同じように笑顔で接します。挨拶を返したりねぎらったりしながら、えらぶるでもなく自然に奥へ進んで行きました。

 そしてフロントのヒゲを生やした男性に事情を話し、部屋へ案内するよう言いつけると、自分は腕まくりをしながら厨房ちゅうぼうらしき奥の方へ入って行きました。

 僕はアマンダさんが美しいやら格好良いやらで、なんだかポカンとしてしまいました。

「さあスム、どうしたんだい。」

 はっとわれに帰ると、もうコギトは先程のヒゲの男性に連れられて、部屋へ行こうと階段の木の手摺てすりに手をかけていました。僕はすぐに駆け寄って、コギトが代わりに持ってくれていた僕の荷物を受け取ろうとしましたが、黙って頭をポンポンとやられました。

 部屋へ入ると、コギトはベッドの横に荷物を降ろし、砂避すなよけのローブを脱ぎ、また荷物の上に軽くたたんで置きました。いつも通り僕も同じようにすると、なんだか急に疲れたというふうに、ずしりと身体が重くなったようでした。

 くつを脱いでそのままベッドへ倒れ込むと、コギトと何か数言すうことわしているうちに、僕はいつしか眠ってしまっておりました。

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