十一、正門
僕とソヨはこのテントで随分たくさんの勉強をしました。
その中で言語学に触れた際には、ソヨの目覚ましい学力を目の当たりにして本当にぽっかりと言葉を失ってしまいました。同じ歳の女の子とは到底考えられない理解力と知識量だったのです。
それはアマンダさんですら舌を巻く程だったのですが、本人は得意ぶるでもなくただただ楽しいというふうなのでした。
そうして三人で過ごしている間、辺りにはずっと掘削機の地鳴りのような音が響いておりましたが、ある時、俄かにそれとは違うゴオウンゴオウンというたいへん大きな音が鳴り出し、テント内のランプもチカチカなりました。
僕はびっくりして、何が起きたのだろうという顔でアマンダさんをキョロリと見ました。
「あら、もうそんな時間かしらね。日が落ちたので大臼を回している音よ。夜間の電力はあれで補うのだけど、人手をたくさん割かなければならないから作業効率がずっと落ちてしまうの。」
大臼というのはどうやらあの歯車のみたいな発電機の名前のようでした。
「なら僕手伝って来ます。」
僕も男の子ですから、人手が足りないとあれば勉強をしている訳にはいきません。
「ありがとう。でもあなたは子供なのだからいいのよ。男衆に任せておきましょう。」
アマンダさんはなんだか嬉しそうに言いました。けれどもやはり、男子としては黙ってはいられません。
「僕行きます。体力には自信があるのです。」
僕はテントを飛び出て一目散に大臼に駆け寄りました。
大臼の周りではたくさんの男衆がそのでこぼことした側面から何本も突き出た太い木の棒を押し歩き、巨大な歯車をゴリゴリと回しておりました。
丁度手前にパダヤさんがおりましたので、僕はその横にさっと飛び入りました。
「僕も手伝います。」
パダヤさんは一瞬キョトンとしましたが、直ぐにニッカリと笑いました。
「なかなか男じゃあねえか、坊主。よし、内側の列に入んな。」
僕を円の内側の列に入れると、パダヤさんはたいへんに大きな声を出しました。
「野郎共お、親父の見立てじゃあ上がりまで後少しだ。発掘屋の生き様をお嬢に見せてやんな。」
パダヤさんの言葉に男衆は沸き立ち、大臼の回る速さはうんと上がりました。
「おい坊主、暫くこのペースで行く。辛くなったらいつでも抜けろよ。」
パダヤさんは僕を見て、にんまりと笑って言いました。
僕がフンと鼻を鳴らして大丈夫ですと言うと、パダヤさんはカッカッカッと愉快そうに声を上げました。
それからどれくらいの間あの大臼を回していたでしょうか。パダヤさんは何度も大声を出して、大臼を回すペースを上げたり下げたりと切り替え、皆の体力と電力の供給が続くように上手く兼ね合いを見ておりました。けれども僕ははじめの勢いは何処かへ飛んで行ってしまったようで、まるで息も絶え絶えというふうなのでした。
月もぽっかりと浮かび、夜も随分深くなっています。
ぐるぐると回ってテントが目に入る度、僕はソヨに情けないところは見せられないと、何度も自分をぶるぶると奮い立たせました。この時僕の足腰を動かしていたのは、意地やそんな感情だけだったのかも分かりません。
そうしてまた暫くの間、自分の体をだましだましに働かせておりますと、俄かに掘削機の地響きがピタリと止みました。
「野郎共、一旦止まりな。」
パダヤさんは大きな声で大臼の男衆を止めました。大臼がぎりぎりと音を立てて止まると、僕はその場にペタンと座り込みました。男衆も皆一休みです。しばしの間互いを労ったり、今日の作業の良い進み具合を喜び合ったりしておりました。
すると一人の男性が、穴の方からパダヤさんの所へ大急ぎで走って来ました。
「旦那、やりました。出ましたよ、でっけえ門です。前の奴とは比べ物にならないくらいの大きさです。明かりがいるからもう暫くゆっくり回してくれって。それと坊主、お嬢がお呼びだぞ。」
僕は力なくはいと返事をすると、フラフラと穴の方へ歩いて行こうとしました。するとパダヤさんが、僕の背中をバシリと叩きました。
「確かスムだったな。なかなか根性あるじゃねえか。いい発掘屋になれるぜ。」
僕は何だか嬉しくなって、ありがとうございますときちんとお礼を言うと、先程までよりしっかりとした足取りで歩き出しました。
男性に連れられてあの穴の中へ入ると、随分と下の方に大きな門のような物が明かりで照らし出されておりましたが、ここからではどうにも角度が良くないのでしっくりとは見えませんでした。しかし、それでも僕の疲れ切った心臓を再びどくどくと言わせるにはなんとも十分なのでした。
遠くに見えていた扉は僕が思うよりも遥かに大きいらしく、実際はずっとずっと遠くにあり、穴もずっとずっと深いようでした。
梯子を伝って下へ下へずっと下って行く途中、僕は足が震えて何度も踏み外しそうになりました。それは疲れのせいからか或いはたかぶりのせいからかは、もう分かりはしませんでした。
僕は何処までも続く梯子を下り終え、深い深い穴の底にやっとの思いで足を着きました。穴の上からは小さく見えていた底には、バギーが十台以上も入りそうな広い空間がありました。
そしてそこには、見上げる程の大きな門。全身にぞわあっと湧き出るような鳥肌が立ちます。
「本当にあったんだ。」
その堂々たる出で立ちは、正に正門でした。石とも鉄ともつかない質感の不気味さと、たった今掘り起こされたにも関わらず、うっすらと光って見える美しさが入り交じって、霊や魔、神といった言葉を連想させる重く澄んだ雰囲気を放っています。
アマンダさんとソヨ、カダカさんと数名の研究者は、既に門の前で何やらガヤガヤと忙しなく調査をはじめておりました。そこに近づいてみると、アマンダさん達が調べているのは門ではなく、その前に立てられた石碑みたいモノのようでした。
「ああ、スム、こっちよ。本当にお疲れ様でした。すごいでしょう。皆のお陰で遂に掘り当てる事が出来たわ。私は皆を本当に誇りに思うわ。勿論あなたもね。さあ、来てちょうだい。」
アマンダさんは僕の背中に優しく手を回し、石碑の前へ促しました。
「恐らくはここに記されている事が重要よ。このままでは中に入れそうにないの。キムさんの解読班が今作業してくれているわ。ああ、遂にここまで来ました。これで中に入ることが出来れば、あのプラトーンを止める方法やコギトについて何かわかるかもしれません。」
僕は石碑と門を見ながら、コギトがこの存在を知っていた事実を、どう受け止めるべきかずっくり考えておりました。アマンダさんもまた門をじっと見つめ、何かをずうっと考えている様子です。
するとソヨが、ざわめきの中からアマンダさんを呼びました。そしてソヨの傍らにいたキムさんが手元の資料を見ながら、たかぶりを抑えるように変に落ち着いて話し出しました。
「石碑に記された文字の中で、恐らくは一番重要ではないかと思われる、中央部分の解読を一通り終えました。他の部分の解読ももうすぐ終えるところです。もう少し時間を掛けて一から解読すれば、また違った答えが出るかも分かりませんが、今の段階での私達の見解はこうです。
”人よ。知の民よ。我等は力を知り、悲しみを知り、そして無知を知った。どうか愛するそなた等は、悲しみを知らずとも無知を知る叡智を獲得せん事を。ここに全ての悲しみの記憶と共に、第二地底都市フィロソフィアを閉ざす。”
以上です。」
ざわめきがすんと静まり返ります。
アマンダさんはキムさんから資料を受け取り、何度も何度も見返しました。キムさんもカダカさんも黙ったままでおります。
「第二地底都市。つまりは最低でも後一つ、第一の地底都市があるという事になるわね。」
キムさんは神妙な表情でこっくり頷きました。
「そういうことになります。力と悲しみというのは、その、やはり、戦争のことでしょうか。」
アマンダさんはじっくりと慎重に言葉を選びぬくように、低く少し震えた声で言いました。
「おそらくは、戦争。ケイローンとサトゥルヌスの思念戦争。もし、もしも本当にそうだとすると、これはケイローンから私たちへの、警鐘ととれなくもありません。力を、高度な文明を手にする覚悟を、私達は問われている。」
大臼の回る音もいつしか止んで、辺りは静まり返りここにいる誰もが息を飲みました。
巨大な正門は、照明の光も月の光も星の光までも全てを吸い込み、その向こうに佇む遥かな歴史の闇を、僕達に語りかけているように思えました。
僕は張り詰めた緊張や、或いは絶望に似た静けさの中で、小さな小さな声で呟きました。
「コギトは僕達に、これを伝えたかったのでしょうか。」
僕の言葉に答える人は、ここには誰一人おりませんでした。




