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コギトの雨  作者: 海老
第二章 地底の都フィロソフィアとシュレーディンガーの猫
13/31

五、コギトの行き先

 ガコン、パタパタ、カラカントトン

 窓から差し込むお日様の位置も高くなり、研究室の外が次第に騒がしくなって来ました。

 研究員の人達が少しずつ出勤して来たようです。おはようの挨拶あいさつが遠くで近くであちこち小さく聞こえます。

「昨日のお話。」

 アマンダさんは二人の沈黙を破って話し出しました。

「昨日聞かせてくれたカザリゼでのお話。あれは皆には秘密にしておいて欲しいの。コギトが魔物と呼ばれる存在であることはここの人達はすでにある程度知っているけれど、あのシオドスという人の事と、彼の言う白頭しらがしらという人物の存在は、今はまだむやみに広めてはいけないわ。実際にオレイカルコスを体内に埋め込まれて、思念で動く旧世界の遺物を使える人物がいた事。そしてそれを可能に出来る者がいる事。おそらく大きな混乱を招くでしょう。今の世界の技術では、オレイカルコスの力は持て余してしまうもの。本当に危険。絶対に放ってはおけないわ。カルテシウスという人物が良識ある研究者であれば良いのだけれど、話を聞く限りそうは思えないもの。私は今日から白頭のカルテシウスについて調査するわ。」

 僕は神妙しんみょうな声で小さく分かりましたと答えます。

「さあ、スム。コギトの行き先についても話さなきゃね。」

 僕は黙ってこっくりうなずき、お願いしますと力なく言いました。

 アマンダさんは椅子からギシリと立ち上がると、窓からすっかり起きはじめた街を眺めました。

「スムはコギトが誰を探して旅をしているか知っていて。」

 ああ、僕はそれを詳しくは知りません。特に何を思うでもなかったそのことが、今はなんだか悔しいような恥ずかしいような、たいへん苦しい気持ちにするのでした。

「ラプラスの悪魔と呼ばれる人を、探しているとだけ聞かされました。」

 アマンダさんは小さくうなずきます。

「そう、ラプラスの悪魔。噂で名前を聞くようになったのはここ数年かしら。正直に言いますと、どうせマクスウェルの魔物のあおりを受けて出来た、与太話よたばなしだと思っていました。だけれども先日、定期郵便で父からそのラプラスの悪魔と呼ばれる人物と、東の街で出会って行動を共にしていると手紙があったの。その人物については、残念ながら詳しくは書かれていなかったけれど、父がそう言うのであれば信頼していただいて結構よ。まず間違いなく本物です。けれど二人がラプラスの悪魔を探している事を知らなかったものですから、話すのが遅れてしまって、実際にコギトにその話をしたのは、スムが眠った後、もう夕暮れ時になっていたかしら。それを聞いたコギトは手紙の出された街へ向かってすぐに出発して、何日も夜通し走って追い掛ける事にしたの。コギト一人なら馬を使うより、結果的には早くに着くわ。でも定期郵便は一定期間手紙を集めてまとめて運ぶものだから、追い付ける可能性はとても低かった。それでもコギトは行く事にしたの。私がもう少し早く手紙の事を話せていれば良かったのですけど。ごめんなさいね、スム。」

 アマンダさんはなんだか少し申し訳なさそうな顔でこちらに向き直りました。

「そうだったのですか。アマンダさんは何にも悪いことなんてありません。どうか謝らないで下さい。ああ、コギト、追い付けているといいけれど。」

 僕はこの時、自分の力の無さをたいへん強く感じておりました。それは今までコギトに甘えてばかりいた自分を恥ずかしく思う程でした。

 僕は少しの間自分の小ささにすっかりしぼんでおりましたが、ふいにカザリゼの高台で、カヤックさんが身動きがとれず祈っていた女性にかけた言葉を思い出しました。

 今自分に出来る事をしろ。カヤックさんはそうおっしゃっておりました。

 すると、今の僕に出来る事は、少なくともこうしてしぼんでいる事ではないように思えたのです。

「ラプラスの悪魔とはいったいどんな人なのでしょう。そして何故コギトはその悪魔を探しているのですか。」

 僕はせめて、本当にせめて、それを知らなければいけないと思えたのです。

 けれどもアマンダさんは、小さく首を横にふって言いました。

「ごめんなさい。それは私にも分からないの。本当にコギトは、いったい何を思っているのでしょうね。それに、心配ないと書いてはあったけれど、お父様の事も気になるわ。」

 アマンダさんはもう一度視線を外へやりました。

 僕は今僕に何が出来るのか、そればかりをぐるぐるとずっととりとめもなく考えておりました。

 そうしておりますと、にわかにドタドタと廊下ろうかを走る音がまるで転げるように近づいて来て、僕達のいる研究室のドアが蹴破りでもしたみたいにガッコォンと開きました。

「失礼します。お嬢さん、ソヨが、ソヨがやりました。例の扉のヤツを本当に解読してしまったんです。」

 ドタドタのあるじはキムさんでした。それはもうたいへんな勢いで、喜びと驚きで小さな目をいっぱいにしながら、大きな声で飛び込んで来ました。

「まあ、なんてことかしら。あの子は本当に凄い子だわ。すぐに行きます。スム、あなたもいらっしゃい。ここの遺跡が特別であるかどうか、はっきりするかもしれないわ。」

 アマンダさんはたいへん興奮した様子で、ペンやら何やら必要なものガシガシと見繕みつくろって僕を外へとうながしました。

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