三、スムの学び部屋
アマンダさんの研究室に入ると、中には二つの立派な机と大きな本棚、それに見たことのない機械がいくつかどっかりありましたが、僕の研究室というイメージとはなんだか少し違っているというふうでした。
研究室と言えば、珍妙な色形の色々な実験器具が所狭しと並んでいるというのが、やはりなんともそれらしいと思えたのです。
「ここが私とお父様の部屋よ。研究室と言うより事務室ね。さあ、今日からここがあなたの学び部屋です。暫くはそちらの机を使ってね。お父様の机だけれど今はいないから。少し大きいだろうけど、新しい机が届くまで我慢してね。」
僕はたいへん慌てて言いました。
「そんな、机だなんて。僕なんかどこか平らな所があればそこで十分です。本当に学ばせていただけるだけで幸せなんです。この上アマンダさんのお父さんの机や新しい机だなんて、とてもお借り出来ません。」
僕がわたわたとしていると、アマンダさんは何故だかふふふと笑って言いました。
「いいえ、スム。私はコギトとあなたを教える約束をしました。引き受けたからには私は手を抜かないわ。あなたにはちゃんとした環境で学んでもらいます。そのかわり厳しくてよ。なにせジャンバニ仕込みですからね。」
僕はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「でもさすがにこんな立派な机は恐れ多くて。」
するとアマンダさんは少し困った様子で言いました。
「まあ、恐れ多いだなんていったい何処で覚えたのかしら。利口過ぎるのも困ったものね。いいこと、スム。学者の価値は机で決まるものではなくてよ。そんな事は気にせず、知の探求にだけ目を向けなさい。今はただそれだけでいいのよ。」
僕は暫くぐるぐる考えましたが、やっぱりアマンダさんの言う通りにするのがなんとも良いように思えました。
「分かりました。ああ、生意気を言ってごめんなさい。アマンダさん、本当にありがとうございます。どうかよろしくお願いします。」
僕は深々とお辞儀をして、この感謝の気持ちが本当に伝わればいいと思いました。
アマンダさんは暫く僕を見つめると、そっと近づき優しくぐっと抱き寄せて言いました。
「本当に利口過ぎて困ってしまうわ。この小さな小さな身体のいったい何処に、こんな賢さと優しさが詰まっているのかしら。」
僕は少しむっとして、聞き捨てならないというふうに言いました。
「僕、随分大きくなりました。コギトも見違える程だって言っていました。」
僕は男の子なものですから、小さいだなんて言われては黙ってなんていられません。
けれどアマンダさんはヘンテコで、たいへんな勢いで笑い出したのです。
「はあ、ごめんなさい。そうね。紳士に向かって失礼でした。反省します。どうか許してね。さあ、スム。そこに座って。そろそろお話をはじめましょう。」
僕はなんだか納得がいきませんでしたが、言われた通りきちんと椅子に座りました。
そしてその椅子のあまりの坐り心地の良さにびっくりしたのですけれど、アマンダさんはもう随分と真剣な様子でしたので、その事はしっかり黙っておりました。
「コギトの話をする前に、一つ聞いても良いかしら。」
アマンダさんは静かに尋ねて、僕が黙って頷くとそのまま続けました。
「スムは何故、コギトと旅をする事になったの。」
アマンダさんはなんだか慎重そうに聞きました。
「おじいさんがそうしなさいって。僕には必要な事だって言ったんです。」
僕がそう言うとアマンダさんは顔いっぱいに疑問を浮かべて、分からないというふうです。
「おじい様は元々コギトとお知り合いだったのかしら。」
僕はそう言われてはじめて、二人がどういう関係だったのか不思議に思いました。
「分かりません。でもおじいさんはコギトが訪ねてくるのを知っていたようでした。」
アマンダさんは手を顎にやって暫くじっくり考え込んでおりました。
「そう。そうだったの。話してくれてありがとう、スム。さあ、今度は私の番ね。何から話しましょうか。」
アマンダさんも自分の椅子に腰かけて、遠い遠いここではないどこかを見つめているという目で言いました。
僕はその深い美しい目を見ていると、俄かに心臓がドックリとなり出して、なんだか不安なような心配なような、たいへん心許ない気分になったのでした。




