一、コギトと旅路
僕達は今、もうどこまででも続いているというように、ずっと一面の赤土の上を、何日も何日も二人ぽっちで歩いています。
草も木もほとんど生えていないし、何か生き物がいるでもない。 昨日も、一昨日も同じ景色を見ていたようで、なんだか頭がぼんやり浮いたようです。
コギトはあまりおしゃべりをしませんし、端整な顔立ちとスラリとした体躯に似合わず、とても屈強な青年ですから、どんどんと行ってしまうばかり。
無愛想というのじゃないのですが、不思議な静けさを纏った、ゆっくりとした時間の流れる、そういう人なのです。
けれども今の僕には、それらと暑さとがすっかり気を滅入らせてしまうです。
二つ前の冬におじいさんが、お前ももう十になると言っておられましたから、僕ももう十二になりましょうか。それなのにコギトの足には、まだまだ全然ついては行かれないのです。
この無限歩行の前まで立ち寄っていたカザリゼの街では、しっかりしているだとか、頑丈で良いだとか、殊更に賢いだとか、宿にいた大人の人達にたくさんの誉れをいただいたばかりなのに。
しかしもちろんコギトは、心根優しく、実に聡明な兄のような人ですから、しばしば心配気な顔でこちらを伺い、のろまな僕を気に止めてくれます。 そして今度も俄かに足を止め、こちらに向き直りました。
「ごらん、スム。ここまでくれば君にも見えるだろう。あのとんがった岩の右の向こうに、白く何か見えやしないかい。あれが次の街だよ。」
コギトが労わるように言いました。けれども僕はコギトのところまでずんくらずんくらなんとか辿り着くと、それはもう本当にくたびれた声で、なんとも可愛げなく答えました。
「僕、やっと見えたのは本当に嬉しい。でもコギトには見えていたなら、何故もっと早くに教えてくれなかったのさ。」
コギトは僕の言いようがあんまり意外だったのか、少し慌てた様子です。
「ああ、すまなかった。けれど、前に街が見えたと話した時は、ちっとも見えやしないとスムは怒ったろう。それだから今度は、スムが見えるくらいに近くまで黙っておいたのだけれど。」
本当はそうだとわかっておりましたが、どうにも疲れ果てて、つまらない言葉が次から次というふうです。
「コギトは目が良すぎるのじゃないか。前の時はコギトが見えたと言ってから、それを僕が見えるようなるまで、まるで一時間も歩いたのだから。」
コギトは少し眉毛をハの字にして、黙って僕の頭を二、三べんさらさら撫でました。
そうして一呼吸おくと、続いて先程よりも随分低い声でこぼれるように言いました。
「この地域は昔からプラトーンの浸蝕が激しかったけれど、また随分と進んでしまった。以前はカザリゼからあのアイーダの街との間に、幾つか集落があったのだけど。」
そう言うとコギトは、しゃがみ込んでまるで死んでしまったように見える大地の土を一掴み取り、その塊を指でボロボロと崩しました。
「こんなに渇いてしまっている。」
何もない二人だけの大地にさみしく風が吹き抜け、その土くれをさらっていきます。ぼくは俄かに心もとなくなりました。
「何故、どうしてプラトーンは広がっていくのだろう。いつかおじいさんと住んでいた、ぼくのあの街にも来てしまうのだろうか。」
黙り込むコギトがなんだか不安で、堪らず声にだしました。コギトはゆっくり立ち上がると、広がる赤土と岩の群れを目線だけで左から右へ見渡します。
「プラトーンとは意思だ。意思の濁流なんだよ。その流れが、今は渇きを呼んでいる。その大きな流れを止めるのは、とても難しいんだ。このまま空も大地も人も全て渇いて世界が終わってしまうのか。それは誰しもが分からないことで、誰しもが決められることなんだ。」
いつになく厳しい表情のコギトに、僕はなんだか怖いような気持ちになりました。
それを察したのか、コギトは珍しく少し声に力を入れて、励ますように言いました。
「大丈夫。世界中でプラトーンの研究は進んでいる。この渇きにもきっと終わりは来るよ。」
コギトはまた、僕の頭を優しく撫でました。
「僕、本当にそうだといい。」
コギトの顔を見上げると、僕には何故だかその顔がどこか淋しそうに見えたのでした。
「さぁ行こう。もう少しだけ頑張っておくれ。」
そう言ってコギトは顔を前へやると、何かを見つけた様子で言いました。
「見てごらん、こちらに何かやって来るよ。」
すると街の方でキラリと何かが光ると、ホバーらしき乗り物が音もなくこちらに向かって走って来るのが見えました。
「コギト、あれはホバーのようだよ。なんて立派で速いんだ。僕、本物ははじめてだ。」
僕はプラトーンの事はすっかりいいにして、目の前のホバーに夢中になっておりました。
再び歩き出して暫く、ああ、あんな乗り物があったらどんなに楽だろうかと思いどうにか調達する方法を一人であれこれ思案しておりましたが、やっぱりどうにも高い物ですから、今のままではなぁと、コギトの顔をチラリとやったりしておりました。
すると、先程のホバーらしき乗り物がみるみるこちらにやって来て、目の前でぐいと向きを変えると、ぼぼぼっと小さく砂ぼこりを巻き上げて横向きになる格好で止まりました。
大きな空気の塊がぼあっと体を抜けて行きます。
「どうも、旅の方。方角からして、カザリゼからいらっしゃいましたか。」
ホバーに乗っていたのはいかにも腕っ節のある逞しい男性でした。
「どうも。そうです。カザリゼから参りました。」
コギトが丁寧に答えます。
「歩いてとはたいへんだったでしょう。この辺りは暑さも厳しいですから。時に旅の方、カザリゼからこちらの方に、あのマクスウェルの魔物が向かったという噂を聞きました。危険ですから街までお送りしましょう。あ、いや、これは失敬、私はアイーダの護衛を任されているものでして。」
ホバーの人は跨がったまま、ゴーグル付きの帽子を取ってペコリとやりました。
「そうでしたか。それは暑い中ご苦労様です。本当にお心遣い感謝いたします。しかし私達は、歩いてアイーダまで参ろうかと思いますので、どうか護衛のお仕事にお戻り下さい。」
コギトはまた丁寧な口調で言いました。
「ご修行中か何かですかな。ご立派な事です。しかしマクスウェルの魔物の力は恐ろしく、目で見ただけで人を燃やしてしまうと言います。先日のカザリゼではたいへんな騒ぎだったようです。くれぐれもお気をつけ下さい。では。」
護衛の男性はヒラリとホバーの先頭を向き直すと、街に取って返して行きました。
男性の姿は瞬く間に小さくなり、いつしか何処かに見えなくなりました。
「すまないね、スム。」
コギトが淋しそうに笑って言いました。
「大丈夫だよ。もうすぐそこなのだし、ここまで来たら自分の足で着きたいもの。」
本当はあのホバーのようなのに乗ってみたい気持ちもありましたが、僕達はなるべく人と関わらないように旅をしておりますし、カザリゼでの事もありましたから、仕方のないことなのでした。
「よし、僕、コギトよりきっと早くに着くよ。」
僕はわざと大きな声で言うと、さっきより随分と活気良く歩き出しました。
暫く歩くとやはり頭が浮いたようになりましたが、さっきまでより幾分良いと思えました。




