第2話:魔王の叱責と、お市の『推し婚』宣言
「……聞いておるのか、市」
信長の低く冷ややかな声が、静まり返った部屋に響く。
彼は手にした扇子でパシッと自身の膝を叩いた。その音だけで、心臓が跳ね上がる。
「昨夜、余と飲み比べをして不覚を取ったこと。
そして今、裏切り者の権六の肩を借り、見苦しく浮かれた顔で廊下を歩いていたこと。
……万死に値する」
「万死!? ちょっ、兄上、いくらなんでも言い過ぎです!」
思わずツッコミを入れたが、信長の眼光は鋭さを増すばかりだ。
ゲーム内での信長は、身内への執着が度を超しているキャラだった。
お市が他の男、特に「反乱の過去がある勝家」と仲良くすることを、この魔王が許すはずもない。
「権六はただ、体調の悪い私を介抱してくれただけで……」
「介抱だと? 貴様、あやつがかつて信勝(信長の弟)に加担し、
余に牙を剥いたことを忘れたか。あれはただの『置物』だ。
貴様が心を寄せる価値など、塵ほどもない」
信長は椅子から立ち上がり、ゆっくりと私に歩み寄る。
赤い髪が揺れ、彼が纏う圧倒的な「覇王の気迫」に押し潰されそうだ。
「市。お前には近江の浅井長政との縁談を進めてある。
あやつは若く、聡明だ。泥臭い権六などとは比べものにならぬ。……数日中に、使者を送る」
(きた……! 史実イベント!)
ゲームならここで「はい……」と項垂れるか、「嫌です!」と叫んで好感度を下げるかの二択。
だが、私は知っている。勝家ルートの【TRUE END】へ行くための、第三の選択肢を。
私は深く息を吸い、二日酔いの吐き気を気合でねじ伏せて、信長の目を真っ向から見据えた。
「……お断りいたします、兄上」
「…………ほう?」
信長の眉がピクリと跳ねる。空気が凍り付く。
「長政様が素晴らしいお方なのは存じております。
ですが、私は……私は、不器用で、真っ直ぐで、戦うことしか能のない、
あの大きな背中に一生ついていくと決めたのです!」
「……酔いが覚めておらぬようだな。市、貴様が何を言おうと、余の言葉は絶対――」
「兄上の仰る通り、権六は一度、主君を違えました!
ですが、今の彼がどれほど後悔し、どれほど忠義を尽くそうとしているか、
兄上だって本当は分かっているはずです!
私は、そんな彼の『やり直し』を隣で支えたいんです!」
一気に捲し立てると、信長は無言で私を見下ろした。
長い沈黙。
扇子を弄ぶ指の動きが止まる。
「……面白い。昨夜の酒で、少しは胆が据わったか」
信長は不敵に口角を上げた。
だが、その目は依然として獲物を狙う鷹のように冷たい。
「ならば、賭けをしようではないか」
「……賭け?」
「今度の戦、権六に先鋒を命ずる。
あやつが並ぶ者のない軍功を挙げ、余を心底から感嘆させられれば、貴様の戯言、
一考してやらんでもない。……だが」
信長は私の顎をクイと持ち上げ、顔を至近距離まで寄せた。
「権六が無様を晒したその瞬間、あやつの首は飛ぶ。……そして貴様は浅井へ嫁げ。よいな?」
「……! はい、望むところです!」
私は力強く頷いた。
(勝った……! 攻略の糸口を掴んだ!)
ゲームの知識によれば、次の戦は勝家が干されているはずの場面。
そこに介入してチャンスを作れたのは大きい。
信長の部屋を辞し、廊下へ出た途端、私は壁に手をついて崩れ落ちた。
「……死ぬかと思った……」
けれど、心は燃えていた。
私が知る勝家様なら、絶対に勝てる。
絶望的なまでに成長率は低いが、戦場に出れば最強格なのだ。
「……お市様? まだ戻られていなかったのですか」
聞き覚えのある、低く落ち着いた声。
顔を上げると、そこには心配そうにこちらを見つめる、私の最推しが立っていた。
「権六……!」
私は反射的に立ち上がり、再び彼に飛びついた。
「おわっ!? お、お市様、人目が……!
それに、信長様に何を言われたのですか、そんなに青い顔をして……」
私は拳を握り締め、宣言した。
「権六、戦です! 次の戦、なんとしても手柄を立てお兄様をぎゃふんと言わせるのです!」
「……は、ぎゃふん?」
困惑しきった表情で固まる勝家。
その不器用な眉間のシワすらも、今の私には愛しく思えた。
転生初日。
私の「推し存続計画」は、ようやくスタートラインに立ったのである。
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