第67話 雨音の部屋、二人の温度
リリナは胸の奥が落ち着かず、勢いよく立ち上がった。
逃げるように言葉を紡ぐ。
「花露茶を淹れますね……」
照れくささをごまかすように笑う。
そのとき――
座ったままのエリオンが、そっと手を伸ばした。
リリナの指先を、やさしく受け止める。
「僕が淹れますよ。
座っていてください」
その穏やかな声に、逆らうことができない。
リリナは静かに腰を下ろした。
⸻
エリオンはゆっくりと立ち上がり、キッチンへ向かう。
花茶の缶を手に取り、
迷いなく、静かな手つきで準備を進めていく。
(……以前、少し見ていただけなのに)
その背中を見つめていると――
ふと、エリオンが振り返った。
目が合う。
やわらかな微笑み。
「あっていますか?」
リリナはこく、と頷いた。
エリオンは安心したように笑い、
再びキッチンへ向き直る。
リリナはその背中を見つめながら――
胸の奥に、小さな棘を感じていた。
(エリオン様には……“あの子”がいるはず)
(あのときの言葉が、どうしても離れない)
穏やかで、優しくて、聡明で。
誰にでも好かれる人だから――
――似合う相手は、自分ではないのだろう。
その考えを振り払うように、そっと口を開く。
「……講義の準備、進んでいるのですか?」
エリオンは手元に視線を落としたまま答えた。
「ええ、ある程度は。
皆さん素晴らしい講義をされていますから……
僕も、きちんと伝えられたらと思っています」
やがて――
淹れた花露茶を、両手で丁寧に運んでくる。
「ありがとうございます」
受け取ると、エリオンはやさしく微笑んだ。
「セレフィアの味になっているといいのですが」
リリナはそっと口をつける。
温度は人肌。
香りは穏やかな花の息。
すっと喉へ落ちていく、やわらかな味。
――まるで、エリオンの気遣いそのものだった。
「……セレフィアです」
そう言って笑うと、
エリオンも静かに――
どこか嬉しそうに微笑んだ。




