第60話 はじめての光盾庭球(ラディアント・コート)
講義も終わり、帰り支度をしていると――
レンセリオンが小講堂を見渡し、皆に声をかけた。
「たまには、皆で身体を動かしてみませんか?」
その場に、わずかな驚きが走る。
普段なら、公務や稽古のため真っ先に帰る彼が、
自ら「遊び」を提案するなど、本当に珍しい。
「公務と稽古は……?」
エリオンが目を瞬かせる。
「休みだ」
あまりに自然な言い方に、エリオンが思わず微笑んだ。
「奇数ですが、何が出来るのです?」
アルメアがいない今、この場にいるのは五人。
だがレンセリオンは、心配ないとでも言うように頷く。
「光盾庭球などどうだ?
貴族の嗜みではあるが……楽しむだけなら悪くない」
その言葉に、リリナの顔がぱっと明るくなった。
「やってみたいです! 光盾庭球!」
輪の外にいたユリウスも、興味を引かれたように近づいてくる。
「どのような競技ですか?」
「薄い木製の“光盾ラケット”で革のボールを打ち合う。
相手のコートに落とせば得点になる」
レンセリオンの説明に、レヴィアンも静かに頷いた。
「面白そうですね」
自然と皆が、レンセリオンの席の周りへ集まっていた。
レンセリオンは紙を取り出し、さらさらと数字を書いていく。
その横顔を、リリナはそっと見つめた。
――いつもは遠くに見える人が、今はすぐ近くにいる。
その距離が、今日はほんの少しだけ違って見えた。
それだけで、胸の奥が少し温かくなる。
「その数字は何ですか?」
ユリウスが首を傾げる。
レンセリオンは微笑みながら答えた。
「ペアを決めようと思って」
六枚の紙を折り、机の上で優雅に混ぜる。
「どうぞ。一枚選んでください」
それぞれが手を伸ばし、紙を取った。
リリナもどきどきしながら、一枚を選ぶ。
リリナの紙に書かれていた数字は――1。
皆が数字を見せ合うと、こうなった。
ユリウス&レンセリオン
エリオン&レヴィアン
リリナ&……?
リリナは小首をかしげる。
「私のペアは……?」
レンセリオンは、ふっと優しく笑った。
「賑やかなのが一人、います」
「……賑やか?」
誰だろう、とリリナは瞬きをする。
レンセリオンは答えず、ほんのわずかに微笑むだけだった。
「光盾庭球場に移動しましょう。そこにいます」
こうして五人は、光盾庭球場へ向かうことになった。
⸻
白石の通路を抜けたとき、
リリナの視界に、一人の騎士が静かに立つ姿が映った。
灰金の髪。
鋭い鋼の瞳。
その佇まいだけで剣士と分かる、研ぎ澄まされた静けさ。
(騎士団本部で……レンセリオン様の傍にいた方……)
騎士は軽く会釈し、静かに名乗った。
「審判を務めます。第四騎士団、ルーク・ハイディアです」
凛とした声に、リリナは自然と背筋を伸ばす。
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そのとき――
「おーーい! 殿下ぁーー!!
今日ほんとにやるって聞いたんですけどー!!」
太陽みたいな声が響いた。
赤金の髪がふわりと跳ね、
緑の瞳が笑いながらこちらへ駆けてくる。
その姿も、リリナは覚えていた。
(……この方も、あの時……)
騎士団本部で通行許可証を渡してくれた、あの明るい騎士。
「よかったーー! 間に合った!」
満面の笑顔で駆け寄り、少し息を整える。
「第四騎士団、カイル・ヴァレンです!
……で、俺の相方はどなたですか〜?」
(……この方が、“賑やか”……)
納得しかなかった。
「私です。カイル様、よろしくお願いいたします」
リリナはそっと微笑んで挨拶する。
すると――
「任せてくださいよ、姫様!
俺、けっこう強いんで!」
カイルの明るさに、リリナも思わず笑顔になった。
⸻
ルークが審判位置につき、
カイルはリリナの横に立って、やわらかな目を向ける。
静寂の剣――ルーク。
陽の翼――カイル。
対照的なふたりは、どちらもレンセリオンの傍にいる者たち。
そして今日――
リリナは、その輪の中へ
そっと迎え入れられていた。




