第59話 誠実の揺らぎ――質疑の刻
静かな手が、ひとつ上がった。
エリオンだった。
レヴィアンが視線を向けると、
エリオンは礼儀正しく小さく頷き、穏やかな声で問いを放つ。
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「ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか。
テルメナでは、最近“武具増産”が進んでいると聞きました。
もしそれが事実なら――
民の“誠実の労働”は、その重さに耐えられるのでしょうか」
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小講堂に、わずかな緊張が走る。
まるで、誰もが触れずにいた“地の奥底”へ、
静かに手を伸ばしたような問いだった。
レヴィアンは一瞬だけ目を瞬かせ、
それから柔らかな笑みを浮かべる。
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「確かに、鍛造量は年々増えております。
しかし――
テルメナの民は、誠実を誇りとして働く者たち。
働くことが祈りである限り、
重荷は、重荷ではありません」
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その瞬間、空気がひそやかに揺れた。
表面は穏やかな答え。
だが、その奥には、鉄を打つような硬い響きがあった。
リリナの胸の奥が、ざわりと波立つ。
(……どうしてだろう)
言葉は優しいのに、
どこか、苦しそうな響きが混じっている気がする。
その正体は、まだ分からない。
ただ――
“誠実であれば、負荷に耐えられる”
その思想が、静かに胸を刺した。
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講義を見守っていたシリウスが、穏やかに一歩前へ出る。
「……大変示唆に富むご講義、ありがとうございました。
テルメナ王国の“誠実の哲学”と“労働信仰”は、
光の学舎の理念にも通じるものです」
静かにレヴィアンへ視線を向け、
言葉を整えていく。
「国が変化を迎えるとき、
理念がそのまま民を支えることもあれば、
理念ゆえに民が無理を抱えることもあります。
本日の議題は――
『誇りと負荷は、どこで均衡するのか』
王政学における、重要な問いでもありました」
その声は中立で、澄んでいて、
誰の立場も傷つけず、それでいて本質を捉えていた。
レヴィアンが軽く頭を下げる。
小講堂に、静かな拍手が広がった。
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シリウスが手元の板を確認しながら口を開く。
「では、次の講義担当ですが……
本来であればこちらから指名する予定でしたが、
前向きな希望者がいらっしゃれば、挙手をお願いします」
その瞬間――
エリオンとレンセリオンが、
まるで示し合わせたかのように、同時に手を上げた。
「…………」
小講堂が、ざわりと揺れる。
ふたりは互いの顔を見て、
「あ……」「……なるほど」と小さく頷き合う。
先に、レンセリオンが手を下ろした。
「ここは客人を迎える側として、
エリオン殿にお譲りします」
エリオンはわずかに驚き、
それから礼儀正しく一礼した。
「では……僭越ながら、
次回の講義を務めさせていただきます」
シリウスが満足げに微笑む。
「承知しました。
次回、アクエリシア王国の講義――楽しみにしております」
その言葉を合図に、講義は静かに幕を閉じた。
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その直後――
光の学舎に、
一日の終わりを告げる鐘が、遠く響いた。




