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第25話 花露の静けさと、魂の気配

部屋へ通すと――

リリナはそのまま、広々としたリビングルームへエリオンを案内した。


「こちらへ、おかけになってください」


エリオンは部屋全体を静かに見渡し、ふわりとソファに腰を下ろした。


そのまま手を伸ばし、

クッションの縁を指先でなぞるように触れる。


「……ロイヤルスイート、ですか」


微かに漏れた呟き。

キッチンへ向かっていたリリナは思わず振り返った。


「え? 今、何と……?」


「いえ、なんでもありません」


穏やかな微笑み。

その言葉には、どこか“気遣い”のようなものが滲んでいた。


(……どうしてそんな顔を……エリオン様は、優しい)


胸の奥に小さなひっかかりが残る。


リリナは花茶の棚に手を伸ばした。


「以前、セレナス氷茶を淹れていただいたので……

今日は私が、セレフィアの花露茶を淹れますね」


「ありがとうございます」


エリオンが柔らかい笑みを浮かべる。

その視線が、そっとリリナの手元に落ちた。


(……見てる……)


胸がくすぐったく跳ねる。


マルナに習った手順を思い出しながら準備していると――影がふわりと近づいた。


エリオンがすぐ横に立っていた。


「……っ」


驚きに見上げると、

彼は覗き込むように微笑んでいた。


距離が近い。

胸が静かに熱を帯びる。


エリオンは花茶の缶をひとつ手に取り、ラベルを読む。


「ローズ……いい香りです」


「こちらが青蓮花で、こちらが蜜草です」


少し誇らしげに説明すると、エリオンはひとつずつ香りを確かめた。


「早朝に採れた花弁を“露”で煮出すんです。

香りが逃げないうちに……」


「なるほど。“朝の気配”そのものですね。

……ああ、この香り。どこか懐かしい」


そう言って微笑む。

その穏やかな声が、胸へ静かに落ちた。


(……ずっと前から、知っていたみたいで……嬉しい)



リリナが淹れた花露茶を、ふたりは静かに口へ運ぶ。


温かい香り。

優しい甘さ。

そして――すぐ隣には、長い脚を組んだエリオン。


彼と過ごす時間は、いつも静かで柔らかい。


「あの、エリオン様……」


声に気づき、エリオンはカップを置いて、リリナへ身体を傾けた。


「はい」


その微笑みは、心をほどく。


リリナもそっとカップを置き、彼と向き合う。


「……以前、エリオン様は私のことを“黎光の器”と言って。

そしてご自身を、その光を包み癒す“慈愛の魂”だと……」


エリオンは思い出すようにゆっくり頷く。


「はい。言いましたね」


リリナは胸に手を当てた。


「私……エリオン様と一緒にいると、心が落ち着くんです。

不思議なくらいに」


エリオンはわずかに驚いたように瞬き、

けれどすぐに、そっと微笑んだ。


「……そう感じてくださって、嬉しいです」


その言葉だけで胸が温かくなる。


「これは……エリオン様が慈愛の魂だからでしょうか?

その……エリオン様も、私に何か……感じること、ありますか?」


あまりにも真っ直ぐな問いだった。

自分で言った瞬間、リリナは真っ赤になった。


「わ、私、変な質問……でしたか?」


「いえ。変な質問ではありませんよ」


エリオンは優しい声で返す。


「神獣が干渉する部分は、確かにあると思います。

けれど――僕たちは“器と魂”である前に、人間です。

本心で繋がる方を、大切にしたいですよね」


言葉が静かに胸を打つ。


リリナは思わず笑みをこぼした。

エリオンもその笑みを受け止めるように、柔らかく微笑む。


ふたりの間に流れたのは、

“魂が触れるような”温かな空気だった。


そしてその静けさの裏で、

エリオンだけはほんのわずかに、胸の奥で息を潜めた。


(……器と魂。

この“在り方”を、誰かが政治に利用しようとしているなら……)


レンセリオンの名が脳裏に過ぎる。

その視線だけが、静かに鋭さを帯びた。

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