第18話 四つの席、交差する視線と揺れる心
宿舎の食堂にて。
リリナとエリオンが入室すると、
すでに着席していた青年が立ち上がった。
その気配に歩みを止め、エリオンが彼に向かう。
リリナも後ろに続いた。
「レヴィアン・アード・テルメナです。よろしくお願いします。」
エリオンよりも先に挨拶したのは、
しっかりした骨格に焦げ茶の髪、琥珀の瞳を持つテルメナの王子だった。
エリオンが名乗り、リリナも続けて挨拶する。
レヴィアンの視線が、リリナにわずかにとどまった。
礼節の中に、何か静かな好意が滲む。
しばし目が合い、リリナは戸惑ってしまう。
「噂は聞いていました。
セレフィアの姫は花に喩えられるほど美しいと。
お会いできて光栄です。」
「え……あ、ありがとうございます……。
私も、お会いできて嬉しいです。」
そんな噂、知らなかった――
リリナの動揺を、エリオンはふっと優しく綻ばせる。
空気を読み取ったように、エリオンが話題を変えた。
「西方の山脈越えに、もっと時間がかかるものと思っていました。」
「天気に恵まれまして。予定より早く到着できました。」
「そうですか。僕は霧に阻まれてしまいまして。
馬車の車輪が泥に埋まり、かなり手こずりました。」
エリオンが苦笑する。
その“霧の道”の光景を思い出し、リリナも小さく笑った。
「後方から来られたリリナ姫様のお手を煩わせてしまいましたが、
……忘れられない出会いとなりました。」
その言葉に、リリナはどきりとする。
「……はい。」
自然と笑みがこぼれる。
その様子に、レヴィアンはほんの僅かに目を伏せた。
「もう、すっかり打ち解けていらっしゃるようで」
その言葉は、からかいではなく、
場を測るような穏やかな響きを帯びていた。
レヴィアンはテーブルを見る。
「もう一人分は……?」
「スィルファリオンの姫様でしょう。
僕たちが戻る頃、到着されたご様子でした。」
三人は席につき、
静かにスィルファリオンの姫の到着を待った。
待っている間、リリナは俯いていた。
向かいの席にはテルメナ王子が座っている。
顔を上げれば、きっと視線が合ってしまう――
そう思うと、どうにも落ち着かない。
何の話題を振ればいいのだろう。
そんなことを考えていると――
隣のエリオンが、紙ナプキンをひとつ取り、
テーブルの下で静かに指先を動かし始めた。
(……何をしているんだろう?)
気がつけば、リリナの興味はエリオンの手元に吸い寄せられていた。
その視線に気づいたエリオンが、そっと顔を向ける。
目が合った瞬間、リリナは小さく声を落として問う。
「何をされているんですか……?」
エリオンは言葉では答えず、
ただ柔らかい表情で目を細めると、
器用に指先だけで折り続けた。
やがて、手元をふと確認し、
掌にのせた小さなものを、
テーブルの下でそっとリリナへ差し出した。
受け取った瞬間――
思わず吹き出してしまう。
紙ナプキンで折った、小さな花。
「……すごいですね。上手……」
感動が小声で零れる。
その花を見つめ、
もう一度エリオンへ視線を上げると――
優しく微笑む目が、まっすぐリリナを見ていた。
胸が、じんわりとあたたかくなる。
その時――
扉が開く音が、静かな空間に響いた。
三人の視線が一斉にそちらへ向く。
戸惑う様子も見せず、
優雅に入室してきたのは、
スィルファリオンの王女だった。
その場で静かに一礼し、
澄んだ声で名乗る。
「アルメア・アルシェ・スィルファリオンでございます。
以降、お見知りおきくださいませ。」
三人は席を立ち、順に名乗っていく。
しかし、アルメアの瞳が、エリオンで深く揺れた。
一瞬だけ、彼女の笑みが“何かを値踏みする色”を帯びる。
はじめて目にする第二王子――。
その静かな美しさは、スィルファリオンの姫にとって
あまりに理想的すぎた。
(……今の、どういう意味の笑みなんだろう?)
リリナは思わずエリオンの方を見る。
だが彼はあえて距離を置くように、
すでに自分の席へ腰を下ろしていた。
その様子にレヴィアンも座り、
リリナも続いて着席する。
だが、アルメアだけは座ろうとしない。
「……?」
不思議に思って彼女を見た次の瞬間――
レヴィアンが立ち上がり、
椅子を静かに引いてあげた。
アルメアは満足げに微笑み、
当たり前のように腰掛ける。
(……すごいお姫様感……)
リリナは思わず、じっと見つめてしまった。
やがて給仕がスープを運んできて、
ゆっくりと昼食が始まろうとしていた。




