第151話 甘い香りと侍従の推理 ― 姫の胸の秘密
レンセリオンの部屋を飛び出したリリナは、
頬だけでなく首元まで真っ赤になっていた。
(無理……! 心臓が、さっきからずっと……っ)
胸を押さえながら早足で廊下を進み、
曲がり角を抜けた、その瞬間――
「きゃっ!」
「わっ!」
タオルを抱えたセリナと、見事にぶつかった。
慌ててタオルを支え、
ふたりは同時に顔を上げる。
「リリナ姫様!」
「セリナさん……!」
声が重なる。
セリナは一瞬で状況を見渡し――
わずかにレンセリオンの部屋の方へ視線を送り、
そして、リリナを見つめた。
(……顔が真っ赤)
「姫様……何か、ございましたね?」
「な、何もありませんっ!」
即答。
――余計に怪しい。
セリナは落ちたタオルを整えながら、
やわらかく微笑む。
「とりあえず、お部屋へ参りましょう。ゆっくりお話を。」
そっと手を取り、リリナを連れていった。
⸻
部屋に入ると、灯りがともる。
リリナはソファに座り、
胸元を押さえたまま、ぽつりと話し始めた。
「……私、レンセリオン様の部屋にあった小さな瓶を……
気になって、触ってしまったのです。」
セリナは静かに頷く。
「それで……?」
「香水だったようで……
誤って、かけてしまって……」
“この辺に”と胸元を示す。
セリナが目を瞬かせる。
「王子様が、香水を……?」
「ええ……第四騎士団の調査対象の、怪しい商会から貰ったものだと……」
「怪しい商会……?」
セリナの眉が、わずかに寄る。
「そのような物を……なぜ王子様が……」
ふたりは顔を見合わせる。
「わ、分かりません……」
⸻
セリナは、そっとリリナの胸元へ近づいた。
ほんの少しだけ、香りを確かめる。
「……甘い香り、ですね。」
リリナは何度も頷いた。
「その……この香りで、レンセリオン様が……
ちょっと……その……」
腕で顔を覆う仕草をしてみせる。
その瞬間。
セリナが、吹き出した。
「ご乱心、なさったのですね?」
「そ、そうなんです!!」
全力で再現するリリナ。
セリナは口元を押さえながら、笑いを堪える。
「……リリナ姫様。ご無事で本当に良かったです。」
「ご無事って……!?」
⸻
セリナは一度咳払いをし、
表情を整えた。
「“魅惑の香”と呼ばれるものがございます。」
「……え?」
思わず、声がこぼれた。
「特定の香りで、異性を強く惹きつける……そのような類のものです。」
「……っ!?」
リリナの顔が、一気に赤くなる。
「効き目は……王子様の反応が、何よりの証拠かと。」
セリナが言いながら、また少し笑う。
リリナは混乱したまま口を開いた。
「で、ですが……レンセリオン様……
そういう香りを持っていたのに、距離を縮めるようなことは……」
セリナは静かに首を横に振る。
「恐らく――」
一拍。
「王子様は、その存在をお忘れだったのでしょう。」
「……え?」
「事故で香りがかかり……
王子様の“抑えていた部分”が、表に出かけたのかと。」
「お、おさえていた……部分……?」
(それは……まだ私の知らない、
別の顔を持つレンセリオン様、ということ……?)
理解した瞬間――
耳まで一気に、熱が駆け上がった。
セリナはやさしく微笑んだ。
「ですが、ご安心ください。
王子様は……姫様を乱暴に扱うようなお方ではありません。」
その言葉に、リリナの胸が少し落ち着いた。
⸻
「もう、お休みになりますか?」
セリナが問いかける。
リリナは小さく首を振った。
「いえ……まだ、レンセリオン様と……
大事なお話をしていないのです。」
一度、息を整える。
「私……一度セレフィアへ帰国しますから。」
セリナはすべてを理解したように、ふわりと微笑んだ。
「では、入浴なさって香りを落としてから――
王子様のもとへお戻りください。」
タオルを手渡しながら、
いたずらっぽく囁く。
「……その香がなくとも、
今の王子様は姫様を止められないと思いますけれど。」
「~~~~~っ!!」
リリナの顔が再び真っ赤に染まり、
タオルを抱えて浴室へ逃げ込んだ。
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その背中を見送りながら――
セリナは、くすりと笑う。
「……本当に、お似合いのふたりですね。」




