第149話 灯火の外、ふたりの約束
バルコニーの静けさの中。
ふと視線を下へ向けたリリナは――
広間にいる母・ユスティーナと目が合ってしまった。
その眼差しは優しいのに……
“あなた、ちゃんと会場にいなきゃダメでしょう?”
そう言外に語っている。
(わ、忘れてました……!)
リリナは小さく肩をすくめ、
焦りをごまかすようにレンセリオンへ向き直った。
「……あの、レンセリオン様。」
「はい?」
一拍置いて、言葉を選ぶ。
「この後……レンセリオン様のお部屋へ伺っても、よろしいでしょうか?」
言った瞬間――
(私、何を言ってるの……?)
頬が一気に熱を帯びる。
大胆すぎる言葉に、自分で驚いてしまう。
レンセリオンは――
その一瞬だけ、瞳を揺らした。
驚きか、戸惑いか。
それとも――別の感情か。
判別できないほど、微かな揺らぎ。
「……ええ。僕は構いません。」
穏やかな声。
そのまま、リリナが気にしていた方向へと視線を向ける。
広間。
ユスティーナと目が合う。
レンセリオンは、静かに一礼した。
その所作だけで――
一瞬にして“王子”の顔へと戻る。
視線を戻す。
ふたりの目が、再び重なった。
リリナは小さく息を吸い、
胸の奥に抱えていた、もうひとつの想いを口にする。
「……ゆっくり、お話がしたいんです。」
少しだけ、言葉を区切る。
「実は――婚約の儀が終わりましたら、
一度セレフィアへ帰国しようと思っています。」
その言葉に――
レンセリオンの表情が、わずかに和らいだ。
驚きではない。
拒絶でもない。
“理解”と“尊重”。
そのふたつを含んだ、静かな微笑み。
「……そうでしたか。」
ほんの一瞬、間があって。
「ええ、分かりました。」
短い返答。
けれど――
リリナの胸の奥に、やわらかな温もりが広がっていく。
それは、許されたからではない。
受け止められたから。
ふたりの間に、静かな約束が交わされたような――
そんな感覚だった。




