第146話 王たちの言葉、娘の胸に灯るもの
ルクヴェル城・謁見の間。
高天井から垂れる光紋の旗が静かに揺れる。
磨かれた白の大理石は、冬の湖面のように澄んでいた。
扉が開き、
セレフィア王セリウスとユスティーナ王妃が進み入る。
レンセリオンは国王アウレインの隣に立ち、
リリナはその背後で、胸の鼓動を落ち着けようとしていた。
――父と母の姿。
二ヶ月ぶり。
だけど今は“姫としての顔”を崩してはならない。
深く息を吸い、表情を整える。
⸻
アウレイン王が一歩進み出る。
「ようこそお越しくださった、セレフィア王。本日は遠路の訪問、心より礼を申し上げる。」
セリウス王は、古い友へ向けるような静かな眼差しで答える。
「こちらこそ、丁重なる迎えに感謝いたします。
……娘を預けている身として、この訪問は果たすべき務めであった。」
リリナは胸がじんと熱くなる。
“娘”の名を口にする――
それは公式の場ではめったにない。
アウレイン王は穏やかに頷き、息子へ視線を移す。
「レンセリオンは……実によく、リリナ姫を大切にしてくれている。
そのうえで、両国が望む形として“婚約”を結ぶのは自然な流れであろう。」
セリウス王の視線も、レンセリオンへ向けられた。
「レンセリオン殿下。」
レンセリオンが、静かに一歩踏み出す。
威厳と誠実さが同時に漂う、落ち着いた動きだった。
「娘を……どうか、よろしく頼む。」
国として、父として――
その言葉には重みと祈りが込められていた。
レンセリオンは胸へ手を添え、迷いなく応える。
「はい。
リリナ姫を……僕が守り抜きます。」
アウレイン王は満足げに頷き、
謁見の場は締めの空気へと移る。
「では、控室にて……両家で小さな茶会を設けよう。」
「賛同いたします。」
深い礼が互いに交わされ、
儀礼の幕は静かに降りた。
⸻
扉が閉じられた瞬間――
公式の空気はすっと消えた。
その途端、ユスティーナ王妃は娘へ駆け寄る。
「リリナ……!」
「お母様……!」
二ヶ月分の想いがあふれ、
母娘は強く抱きしめ合った。
温かい。
懐かしい。
この上なく安心する香り。
ユスティーナは娘の髪を撫でながら震える声で言う。
「あなたは……よく耐えましたね。
勇気ある娘です。誇りに思いますよ。」
リリナは涙をぬぐい、微笑む。
「婚約の儀が終わったら、一度帰りましょうね。
ルナも……あなたを待っていますよ。」
「……ルナ……!」
愛犬の姿を思い出した途端、
胸がほぐれ、笑みが浮かんだ。
その横で、セリウス王が静かに呼びかける。
「リリナ。」
「はい、お父様。」
リリナは姿勢を正し、父と向き合った。
セリウスは娘の肩に手を置き、
一瞬だけ言葉を探すように目を閉じてから告げた。
「……セレフィアの未来を、おまえに背負わせてしまった。」
リリナは、小さく首を振る。
「お父様とお母様は、とても仲睦まじくて……幸せです。
だから……私も、レンセリオン様とそうなります。」
それは――
政略結婚だった両親の歩みを理解した上での言葉。
静かな決意。
幼さではなく、“姫の覚悟”。
セリウス王は驚いたようにまばたきをし、
次いで、深く優しく娘を抱き寄せた。
「……強くなったな、リリナ。」
その一言には、
父として、王として――
あらゆる感情が静かに滲んでいた。




