第142話 白薔薇の侍従と、新たな部屋
深夜のルクヴェル城は、湖面のように静まり返っていた。
セリナの後を、リリナは黙って歩く。
足音さえ吸い込まれていくような静寂の中、
彼女の背を追うだけで、不思議と心が落ち着いていった。
セリナは、ゆるやかなウェーブのかかった銀髪を、
低い位置でシニヨンにまとめている。
いくつか落とされた後れ毛が、歩みに合わせてやわらかく揺れ、
その姿には、王宮侍従らしい静けさと気品が宿っていた。
やがて――
両開きの大きな扉の前で、セリナが立ち止まる。
静かに振り返り、柔らかな微笑みを向けた。
「こちらのお部屋になります。」
その立ち姿の美しさに、思わず見とれていたリリナは、
ふと視線が合ったことに気づき、はっとする。
セリナは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
背が高く、細身で、誰が見ても美しいと思う女性だった。
――そんな人を「美人だなどと思ったことはない」と言い切った
レンセリオンの言葉が、ふと胸によみがえる。
お世辞を言わない、あの率直さ。
真っ直ぐで、どこか不器用な在り方が――
リリナの胸に、静かに残っていた。
「ありがとうございます。」
小さく頭を下げると、
セリナも丁寧に会釈を返す。
「明朝――とは申しましても、リリナ姫様がお目覚めになったお時間に合わせて、
念のため医務官が診察に参ります。
朝食もお運びいたしますので、どうぞごゆっくりお休みください。
何かございましたら、私セリナにお申し付けくださいませ。」
その言葉は、静かに、しかし確かに心を支えてくれるものだった。
胸の奥に、じんわりと温かさが広がる。
もし――
レンセリオンとの婚約が現実となるのなら。
このセリナとも、長く関わることになるのだろうか。
「セリナさん、よろしくお願いします。」
改めて、深く頭を下げる。
セリナは柔らかく微笑み、同じように礼を返した。
「私、お喋りも大好きですので。
話し相手が欲しい時は、何時間でもお付き合いいたしますね。」
その言葉に、リリナの表情がぱっと明るくなる。
――レンセリオン様の周りには、こんなにも優しい人がいる。
そして彼自身もまた、
その中心で、誰よりも誠実に在ろうとしているのだろう。
(私も、いつか――)
その輪の中に。
自然にいられる日が来るのだろうか。
小さな希望が、胸の奥でそっと灯った。




