第134話 未踏の囁き、揺らぐ正義
謁見の間を出た瞬間――
胸の奥に押し込めていたざわめきが、一気に溢れ出した。
――未踏の山域は応えた。
父王の言葉が、耳の奥に焼きついて離れない。
セレフィアで何かが起きている。
リリナの眠り。あの紋。
そして、“応えた”という不可解な言い回し――。
(本当に……すべて、繋がっているのか?)
歩を進めながら、ふと父王の声が脳裏に蘇る。
――セレフィアの未踏の山域を知っているか。
古文書には、“世界の根に最も近い土地”とある。
――セレフィアと結びが生まれれば、
あの山は正当な調査対象となる。
ゆえにイグレアを増員している。
――黎光の器は世界の光。
そして――あの山の秘密を解く、唯一の鍵だ。
(……父上は、あの山で何を“知ろう”としている?)
だが、あの時それ以上の言葉はなかった。
――思考は、そこで途切れている。
リリナの眠る姿を見ていた時よりも、
今の方がずっと胸が苦しい。
(器と魂が引き寄せられたのも……計画のうちなのか?
出会うべきではなかった――?
……いや、そんなはずはない)
否定するように、無意識に歩みが強くなる。
そして気づけば、ある扉の前に立っていた。
師範イリアス・ヴァロウの書室。
レンセリオンは深く息を吸い、静かにノックした。
「どうぞ。」
落ち着いた声が返る。
扉を開けると、イリアスは窓辺で本を閉じたところだった。
「こんにちは、王子様。
今日は陽光が強いですね。」
柔らかな手つきでカーテンを半分だけ閉じる。
その所作は、変わらず静かで、迷いがない。
レンセリオンは、その背を見つめながら口を開いた。
「先生……気になることがあります。」
イリアスは振り返り、穏やかに頷く。
「どうぞ。
王子様の心を揺らし続ける問いとは、どのようなものですか?」
示された椅子へ腰を下ろし、
レンセリオンは息を整える。
そして、正面から言葉を落とした。
「――セレフィアの未踏の山域についてです。」
一瞬の沈黙。
「かつて先生は、
“世界はまだ半分しか知られていない”と仰いましたね。」
イリアスの瞳が、わずかに揺れる。
レンセリオンは続けた。
「……もし、その“残り半分”が
未踏の山域なのだとしたら。
器と魂は――
どのように関わるのでしょうか?」
その問いを受けた瞬間、
イリアスは静かに目を見開いた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「……そこまで辿り着かれたのですね。」
その声には、わずかな驚きと、確信が混じっていた。
一度、本棚の奥へ視線を向ける。
――まるで、触れてはならぬ領域を思い出すように。
やがて、決意を固めたようにレンセリオンへと向き直った。
「では――」
その声は、これまでよりも一段低く、静かだった。
「ルクヴェルが辿り着いた“世界論”を、お話ししましょう。」




