第133話 影を告ぐ山の声
謁見の間にて。
レンセリオンは頭を垂れ、
父王アウレインが書簡に判を押し終えるのを静かに待っていた。
王は隣に控える宰相へ書簡を渡し、
ようやく筆を止める。
「……報告せよ。」
短い一言に、謁見の間の空気が張りつめた。
レンセリオンは顔を上げる。
「本日、ルクシオンの塔へリリナ姫をお連れしました。しかし……聖鏡の間にて、急に意識を失われました。」
アウレイン王は表情を変えず、ただ聞いている。
「私の部屋へ運び、医務官に診させました。
病の疑いはなく……深い眠りに入っている、と。」
その瞬間、アウレイン王の瞳がわずかに細くなる。
レンセリオンは続ける。
「リリナ姫が目覚めるまで、私が傍にいようと思っております。
……セレフィアには、この事態を報告する文を出した方がよろしいでしょうか?」
アウレイン王は静かに息を吸った。
「その必要はない。
たった今、セレフィアから婚約の承諾を得た。
――かねてより進めていた話が、今まとまった。」
レンセリオンの背が固まった。
――なぜ、こんなにも急ぐ?
俺たちの意思は、どこにもない。
リリナ姫は……何も知らされていなかったはずだ。
「ですが、王上――」
言いかけた声を、父王の言葉が遮った。
「おめでとう、レンセリオン。
セレフィアの姫とは未来を約束したも同然だ。
しっかり診てあげなさい。
目覚めたら、婚約の儀を行うとする。」
その冷静さに、言葉が出ない。
さらにアウレイン王は、わずかに興味をのせた声で問う。
「聖鏡の間で――ルクシオンは器に何かを示したか?」
レンセリオンの瞳が揺れた。
父王は……知っている?
俺以上の何かを?
「報告できるようなことは、何もありません。」
震える声に、父王は初めてわずかに沈黙した。
「……今はそなたにも休息が必要なのかもしれない。
心配するな。セレフィアの姫もすぐに目覚める。
気付薬を用意することもできる。」
胸の奥で抑えきれぬ感情が渦巻いた。
薬……?
あれは病ではないのに。
レンセリオンはただ父王を見つめ返す。
アウレイン王は、低く呟いた。
「落ち着いた頃に、また聞こう。
……未踏の山域は応えてくれたようだ。」
――未踏の山域? セレフィアの……?
問いただそうと口を開いた瞬間、
王は手で“退室せよ”と示した。
レンセリオンは、胸のざわめきを残したまま
謁見の間を後にした。




