第132話 沈黙の帰還
ルクヴェル城。
馬車が止まり、セリナがいつものように微笑んで出迎えた。
だが――
降り立ったのは、
意識を失ったリリナを抱きかかえたレンセリオンだった。
「王子様……! ルクシオンの塔で何が――」
その言葉は、途中で止まった。
レンセリオンの表情は硬く、
誰の問いにも答えない。
「セリナ。医務官を俺の部屋に。
……父上には、俺から報告する」
短く告げる。
周囲の侍従たちが息を呑む中、
レンセリオンはまっすぐ城内を進んだ。
⸻
部屋へ戻る。
寝室の天蓋ベッドへ近づき、
レンセリオンは帳に手を添えた。
そのまま、リリナを抱いたまま
静かに内側へ踏み入れる。
帳の内側は、外界と切り離されたような静謐に満ちていた。
まるで――
ふたりだけの時間が、そこで止まっているかのように。
レンセリオンはそっとリリナを寝かせ、
ゆっくりと帳を閉じる。
薄布が周囲を柔らかな陰影で包み込み、
外の気配を遠ざけた。
呼吸の音だけが、近く、静かに響く。
淡い光の中で――
レンセリオンは、リリナの胸元へ手を伸ばした。
(……確かめなければならない)
自分の紋は消えた。
ならば――
そっと衣を開き、印の位置へ視線を落とす。
そこには――
ルクシオンの塔で刻まれたままの光の紋が、
淡く揺らめいていた。
「……リリナ姫……」
息が詰まる。
胸の奥に、焼けつくような感覚が広がった。
(……俺が、連れて行ったからだ)
(俺が……)
その時――
廊下から、慌ただしい足音が近づいてきた。
レンセリオンは素早く衣を整え、
帳の外へ出る。
医務官と助手が、深く頭を下げた。
「急に意識を失った。
病が隠れていないか診てほしい。
……ただし、着衣には触れるな」
一瞬の沈黙。
だが二人はすぐに頷き、
間仕切りの向こうへ入っていった。
セリナが、そっと隣に立つ。
「王子様……大丈夫なのですか……?」
レンセリオンは答えなかった。
ただ、静かに――
間仕切りの揺れを見つめていた。
やがて、医務官と助手が戻る。
「病の徴候は見られません。
ただ……深い眠りに入っておられます」
「……眠り……?」
それは、ただの睡眠ではない。
だが――その疑念は、言葉にしなかった。
礼を述べ、医務官たちが退室する。
静寂が戻る。
セリナが、控えめに口を開いた。
「王子様……王様へご報告に向かわれた方がよろしいかと。
宮廷内の噂は、早うございますゆえ」
レンセリオンは一瞬だけ目を閉じた。
「……分かっている」
そして、静かに言葉を落とす。
「リリナ姫を頼む」
セリナは真剣な表情で、深く頷いた。




