第129話 印、刻まれし瞬(とき)
聖鏡の間。
色んな角度から差し込む光に照らされ、
リリナは思わず感嘆の息をこぼした。
「綺麗……。」
足元を見ると、床一面が鏡になっている。
踏み出すたび、光が柔らかく揺れて広がった。
見上げれば、割れたステンドグラスが残り、
そこから漏れる光が“万華鏡のような模様”を空中に描いていた。
部屋の中には、
フロアのあちこちに鏡のパネルが立っていた。
どれも裏表が鏡で、
角度によって互いを映し込み合う。
左を向けば右斜め後ろのパネルが映り、
その鏡の中には、さらに別の鏡が反射している。
自分の姿が、二つにも三つにも分かれて見える。
裏側に回っても、そこもまた鏡。
足を踏み出すたびに、
別方向の“遅れてついてくる自分”が視界の端に揺れた。
まるで光の迷路に迷い込んだようだった。
楽しくて、つい歩きすぎてしまい、
気がつけばレンセリオンとはぐれていた。
「レンセリオン様……?」
一枚ずつパネルの裏をのぞくように歩く。
その時、背後から足音が響いた。
こっち……?
方向を変え、音のほうへ進む。
そして――
レンセリオンの後ろ姿を見つけた。
彼は静かに立ち尽くしていた。
ホッとして笑みが広がる。
そっと近づくと、
レンセリオンがゆっくりと振り返った。
目が合うふたり。
その瞳が、少し違って見えた。
光のせいか、乱反射する鏡のせいか――
その奥に、見たことのない光が一瞬だけ揺れた。
「探しました。」
小さく笑い、リリナはその前まで歩み寄る。
身長差で見上げるリリナ。
そして、見下ろすレンセリオン。
「リリナ姫……」
――その声に、わずかな“違和感”が混じった。
(黎光の羽よ)
鏡が多重に反射し、
足音も呼吸も遅れて響く不思議な空間。
声が二重に聞こえた。
驚きに息を呑むリリナ。
「レンセリオン様……」
次の瞬間――
自分の意思とは違う言葉が、唇から零れた。
(至光の王よ)
自分の口から洩れた言葉に気づき、
リリナは思わずその唇を手で押さえた。
「幾千の巡りを越え……この瞬を待ち続けた。」
その声はレンセリオンの声だった。
だが、レンセリオンの言葉ではなかった。
その響きが胸に触れた瞬間、
遥か昔から知っていた気がする――
そんな深い繋がりが魂の底で震えた。
レンセリオンの手が伸び、
リリナの胸元の衣をそっと開く。
驚く暇もなく、
彼の腕がリリナの腰を引き寄せた。
逃げようと思ったはずなのに、
身体が動かなかった。
「その胸に、われが印を刻めよ。
共に在らむ。」
囁きとともに、左胸の印へ口づけが落ちる。
温かいものが、胸の奥へ流れ込むように震え――
心臓が力強く脈を打ち始めた。
息が上がり、
印の部分が熱を帯びる。
その中で――
レンセリオンの首筋に紋が広がっていくのが見えた。
光が滲むように、静かに、確かに。
そして、リリナは意識を手放した。




