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第123話 王の正義と、王子の迷い

ルクヴェル城――

朝の光が差し込む王族専用の食堂は、いつもより静かだった。


銀器の触れ合う音と、淡い香草の匂い。


レンセリオンは背筋を伸ばし、父王の斜め向かいへ座した。


「……昨日は遅かったな、レンセリオン」


低い声が、食堂に響く。


「はい。学院での講義がありました。

その後、少し寄り道をしたもので……」


「――セレフィアの器の姫が講師だったと聞いた」


レンセリオンは一瞬だけ言葉を止めたが、静かに頷いた。


「……はい」


父王はそれ以上は追及しない。

ただ、食器を置き、ふと視線を向けてきた。


その沈黙を破ったのは、レンセリオンの方だった。


「父上。伺いたいことがございます」


父王の金の瞳が、わずかに動く。


「第三騎士団――イグレアの増員についてです」


食堂の空気が、かすかに張りつめた。


レンセリオンは丁寧に言葉を選びながら続ける。


「入団試験を行われているとか。

古遺跡の調査団である彼らが、急遽そのように増員されるなど……

何が起きているのですか」


父王はすぐには答えなかった。


銀器を置き、わずかに目を細める。


「セレフィアの――“未踏の山域”を知ってはいるか」


(……山?)


「古文書には、“世界の根”へ最も近い土地とある」


淡々とした口調。

だがその声には、隠しようのない熱が宿っていた。


「セレフィアと結びが生まれれば、

あの山域は“正当な調査対象”となる。

ゆえにイグレアを増員している」


その言葉は、まるで宣告のようだった。


「……婚姻を、前提に?」


「そうだ」


父王の瞳が、まっすぐに射抜く。


「お前は黎光の器と結べばいい。

セレフィアの光と、ルクヴェルの正義――

世界はその均衡を求めている」


胸に鋭い痛みが走る。


(……リリナ姫を、“結び”としか見ていないのか)


しかし父王は続けた。


「黎光の器は世界の光だ。

そして――あの山の秘密を解く唯一の鍵だ」


レンセリオンの指が、膝の上で静かに震えた。


「父上は……その山で何を得ようとしているのですか」


問いは静かだったが、

その奥には確かな熱があった。


王はわずかに目を伏せ――それ以上は語らない。


「時が来れば話す。

レンセリオン……お前の役目は“正義”だ。

迷うな。世界のために動け」


その言葉は、どこか冷たかった。


(俺の正義は……誰のためのものだ?

世界のためか。国のためか。

それとも――)


黒板の前で、柔らかく微笑むリリナの姿が脳裏に浮かぶ。


(……あの光だけは、誰にも曇らせない)


王子としての義務と、

ひとりの人として芽生えた想い。


二つが、静かに揺れ始めていた。


温かいはずの料理の味は、少しも分からなかった。

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