第120話 窓辺の約束
窓がわずかに開き、
淡い室内灯りの中にリリナの姿が現れた。
その瞬間、胸が大きく跳ねた。
(……出てきてくれた)
息を整える暇もなく、
リリナの瞳がこちらを見つけ――ぱっと驚きに揺れる。
「レンセリオン様……!」
声が漏れそうになったその瞬間、
レンセリオンの身体が勝手に動いた。
唇に指を当てる。
静かに――と。
リリナは慌てて両手で口を押さえ、
まるで小動物のように瞬きをした。
その素直な反応が愛おしくて、
胸の奥がそっと温まる。
しかし同時に、迷いが胸をかすめた。
(……本当に、呼び出していいのか)
任務ではない。
義務でもない。
これはただ――ひとりの男としての願いだ。
それを自覚した瞬間、息が浅くなる。
ほんの一瞬、視線を伏せた。
だが――
今日、彼女の講義で聞いた光の言葉がよみがえる。
(……逃げるな)
胸の奥で静かに命じ、顔を上げる。
ゆっくりと片手を上げ――
今度は迷いなく、はっきりと手招きした。
控えめなのに、どうしようもなく真っ直ぐ。
“来てほしい”という想いが、
言葉よりも強く伝わってしまう。
リリナは驚いたように目を瞬き、
そっと、こくりと頷いた。
その小さな動きだけで、
レンセリオンの肩からふっと重さが抜けた。
(……よかった)
安堵が静かに胸へ広がる。
その時、背後から小声がした。
「やりましたね、殿下。呼び出し成功です」
ルークだった。
影から様子を見ていたカイルも姿を現す。
「姫様を迎えに行ってください。俺たちは本部へ先に戻ります」
カイルがにやりと笑う。
レンセリオンは短く頷いた。
「……ありがとう。世話をかけた」
その言葉に、二人の顔が少し誇らしげにほころぶ。
「しっかり伝えるんですよ、殿下」
「あとで報告聞きますからね!」
軽口を残し、ふたりは静かに去っていった。
完全に気配が消えたのを確認し、
レンセリオンはリリナを迎えに宿舎の入り口へ向かう。
――やがて、扉がそっと開く。
リリナが静かに外へ出ようとした、その瞬間。
足元の暗さに気づく前に、一歩、踏み出してしまい――
「きゃっ……!」
バランスを崩したリリナが、
そのままレンセリオンの胸へ飛び込む形になった。
「れ、レンセリオン様っ……!」
驚いて声がひっくり返る。
レンセリオンは反射的に、
支えるように掴んでしまったリリナの腕から、慌てて手を離した。
「大丈夫ですか? ぶつかってしまいましたね……」
視線を逸らしながら、
気まずさを隠すように小さく微笑む。
胸が妙に熱い。
けれど、その熱が言葉を押し出した。
「こんな形で、すみません。
どうしても……あなたと一緒に見たい景色があったので」
「景色……?」
リリナが瞬きをする。
レンセリオンは逃げ場を断つように、
まっすぐに彼女を見つめて言った。
「一緒に行ってもらえますか?」
胸が大きく脈打つ。
リリナの返事は――
「……はい」
柔らかく、ためらいのない声だった。
その一言だけで、
夜の空気が光を帯びたように感じられる。
レンセリオンはそっと表情を緩めた。
そして――
リリナと並んで歩き出す。
彼女と見たい光景へ向かうために。
夜は静かに、二人を包んでいた。




